紙をめぐる話|コレクション No.12

永井一正「LIFE」
─平面に表現される生命の奥行き

約半世紀に渡って清新な表現世界を開拓し続けてきた
グラフィックデザイナー 永井一正さん。
その代名詞でもあるシリーズ「LIFE」を紹介する
展覧会「LIFE 永井一正ポスター展」が開かれました。
高級インクジェット用画材紙を使用した作品からは、
かけがえのない命や自然へのメッセージ、
そして力強い生命力(LIFE)があふれ出しています。

初出:PAPER'S No.43 2013 春号
※内容は初出時のまま掲載しています

デザイナーの話
永井一正さん(グラフィックデザイナー)

「LIFE」の制作は銅版画を彫ることから始まります。原版のサイズはB5判程度。それをポスターにする際に、B全判やB倍判にまで引き延ばしています。そのとき非常に難しいのが、動物の微細な毛の一本一本まで再現すること。重要になるのは紙の適性の見極めです。普段は「Mr.B」を使うことが多いのですが、「LIFE」では「hpスムースファインアート紙」という紙を使いました。他にはない発色の深さと、インクののりの良さが特徴の紙です。 紙の上に「不思議な感じ」を出すことも大切にしています。不思議というのは、生物としての不思議や、生と死の不思議のこと。この奥深いテーマを表現するために、「ミラー銀」という特殊な印刷インキを使用しました。この印刷インキを黒と混ぜ合わせることで、一般的なシルバーとは異なる雰囲気を醸し出すことができるのです。イメージを忠実に再現するには、プリンティングディレクターとのコンビネーションが非常に大切です。私の場合は、狙う色調の傾向などを熊倉さんが深く理解してくれているので、言葉で説明しなくてもデザインの意図が印刷物に反映されるんです。デザイナーとして、本当に幸せなことだと思います。ときどき「なぜわざわざ銅版画をポスターにするのか」と聞かれることがあるのですが、私は銅版画家ではなく、あくまでグラフィックデザイナーとして 「LIFE」を制作しています。エッチングという過程を経て、それをポスターにすることで、表現をさらに飛躍させたいと考えているのです。

銅版の原版

印刷担当者の話
熊倉桂三さん(株式会社山田写真製版所 取締役 技術開発室長 プリンティング・アーツ・ディレクター)

「ミラー銀」というのは、主にフィルムに刷ると鏡のようになるという銀の印刷インキです。紙に刷るのも面白いのではないかと思い、今回初めて試みてみました。まず細かいディテールが最も魅力的なライオンの絵柄で何度もテストを繰り返しました。結果的にエッチング原画の毛先以外を墨ベタで出力して、その上からシルクで左半分の黒部分をバーコニス厚盛りにし、右半分は「ミラー銀」を3度刷りしたら迫力がでました。インクジェット出力+シルクスクリーン印刷がコラボレーションした作品です。かつてのインクジェットは印刷の代替としての存在でしたが、近年、その技術は非常に進歩しています。インクの盛り上がり、質感、色味など、インクジェットならではの特色を出せるようになってきているんです。プリンティングディレクターは、何が求められているのかを常に考えて並走する役割です。「LIFE 2010」は3連貼ですから、3点が遠くから見て同じように見えなければなりません。原画のエッチングをそのまま分解しても同じようには見えません。見た目で揃って迫力がでるように分解し、試し刷りをしてどういう版をつくるのがよいのかをまず考えます。紙によって刷版を変えなければうまく刷れませんし、紙によってドライダウンの仕方も異なります。紙の特性と印刷インキの特性を計算して、印刷プロセスを設計していくんです。 永井さんは、「浮世絵でいえば自分は絵師で、プリンティングディレクターは彫師と刷師を合わせたようなものだね」とおっしゃってくださいました。規定の数値に頼らず、経験と勘を磨いていくことが魅力的な印刷物をつくるためには重要だと思っています。