紙をめぐる話|紙について話そう。 No.09
永原康史
グラフィックデザイナー
高田 唯
 グラフィックデザイナー

新しい青山見本帖の
グラフィックデザインを手がけた
高田唯さんと、オンスクリーンへと
興味の対象を広げている永原康史さん。
「文字」にひときわ思い入れのある
お二人が、紙と文字について
語りあいました。

2012年2月13日

初出:PAPER'S No.40 2012 春号
※内容は初出時のまま掲載しています

永原康史・高田 唯

高田 文字に詳しいとよく言われるんです。文字を作字して、オリジナルなものを作ることが多いからでしょうか。でも、決してそういうわけではなくて。ただ好きなだけなんですね。学生の頃からよく作ってました。
永原 僕は文字に詳しいですけど、好きではないです(笑)。そういうと変ですが、愛情は他の文字好きの人のほうが深いと思います。うちの実家、書道塾なんです。文字が常に近くにある環境でした。でも、それがきっかけということでもないんです。はじめに興味を持ったのは欧文書体でしたから。
高田 僕も欧文からです。パターンが少ないですし。漢字とかだときりがないですよね。日本語のなかではひらがなが一番好きです。曲線の感じとか、他の国にはなくて、独特できれいだなあって思います。
永原 日本語の文字でいうと、僕か駆け出しの頃は、平野甲賀さんが全盛でしたね。一方で、田中一光さんの光朝体があり、杉浦康平さんも活躍されていました。そんななかで文字で攻めていくのはなかなか無謀な雰囲気がありました。文字をちゃんと使うようになってきたのはコンピューターを使って自分で組版をやるようになってからかな。文字をつくるというより、デザイナーは文字を使うということが本分であろうということに気づいてからです。
高田 僕も杉浦さんに影響を受けた時期がありました。漢字とひらがなの関係性とか。『◯◯の□□』というタイトルがあったとして、「の」がめちゃくちゃ小さいんですよ。なんだこの組み方!?とか驚いて。あの世界の虜になって、古本屋に行っては杉浦さんの本を求め、眺めてはうっとりしてました。ただ、本格的すぎて自分がやるにはとても無理だと思って、僕も離れてしまいました。平野甲賀さんのような、のんびりとした印象の文字を見て、ああいうのはいいな、好みだなと改めて思います。

 

器としての紙。

永原 昔は、文字は強い黒でカチッとさせることを心がけていたんですよ。特に本文は。そのために紙を選ぶことがあったくらい。僕、紙は器だと思うんです。この紙は何年くらいで焼けてくるのかを考えたりする。近著『デザインの風景』は10年でうっすら焼けがくるようにつくってあります。
高田 え…そんな計算をなさってるんですか。
永原 連載10年分の文章がまとまっているので、10年後くらいから古びた感じになるといいなあと思って。僕、見本帳に焼けはじめた年を記入して残してあるんです。この紙は5年くらいで焼けてくるんだなとかって記録してるんですよ。
高田 そんなこと考えたことありません(笑)。
永原 古い見本帳をもってるね、と言われたりするんですけど、それは置いておかないと紙の変化がわからないからなんです。
高田 確かに、“紙を育てる”って感覚の人、ちょこちょこいますよね。わざと陽にあてたりして。
永原 実家の押し入れにも紙がたくさんあるんです。3年くらい寝かした紙は墨の乗りがいいとか。
高田 普通そんなの知らないですよ(笑)。
永原 紙を時間のなかで見るってことは普通にやってました。展覧会のカタログをよくつくるんですが、残さないといけないなと思う紙には、100年以上変化せずにもつと言われているパーマネントペーパーを使ったりするんです。20年前の本とか、大切に本棚に並べてるものってありますよね。後世に残したいカタログや書籍などの紙はインキの乗りよりかは器としての選び方をしています。

活字を追い求める文字。

永原 東京国立近代美術館で今やっている原弘展の図録をつくったんです。鉛筆で書いた版下が出てきたのでそれも載せてるんですよ。ラフスケッチの時にレタリングしたもので、それを見てトレーサーが文字を描いたんです。
高田 その資料は貴重ですね…。トレーサーってどんな職業ですか?
永原 スケッチを描くとそれをきれいな線に起こしてくれる、人間Illustratorみたいな人です。コンピューターの普及と共に滅びてしまいましたが。
高田 明朝体のような、エッジの効いたハネの部分もトレースしていたんでしょうか。
永原 はい。写植の場合は、どうしてもエッジが丸くなりますから、引き延ばしたときはカッターナイフでエッジを立てていました。その逆で最近はみんな丸くしてますよね、デジタルフォントはシャープだから。
高田 文字が、活版の文字に近づいてきたという話を聞いたことがあります。今の文字を拡大して見てみるとエッジが丸みを帯びているとか。活字と比べると、デジタルフォントは目が疲れるというアンケートも出ているらしいです。そんなちょっとした部分も人の目はちゃんと感じとっているんですね。活字は安心して読める文字なのかもしれません。
永原 面白いもので、丸かったらカチッとしたくなって、カチッとしてきたら丸くする。活字を作る職人は、シャープに作りたかったはずなのにね。図らずも丸くなってしまった。
高田 活字は印刷を考慮して内側に食い込むくらいの作り方をしてますよね。
永原 話は戻りますが、原弘さんは色紙をよく使っています。白い紙にベタ面を刷るとかがあまりないんですね。染めた色のほうがいい、とエッセイでも書かれています。色のついた紙を開発したのも、そこからデザインが始まっているからなんでしょうね。原さんは、風合いよりも「色」を求めていたのではと思うんですよ。高田さんも、結構色紙を使いますよね。
高田 このあいだ、版は一緒のもので30色の紙に刷りました。それはちょっと変わった仕事ですが。青山見本帖の場合は、どの紙にも合わなくてはという前提があったので、白い紙に映えるロゴで、抜き加工もしやすい文字を考えました。僕の仕事の進め方は、内容によってですかね。活版のほうが合うよなとか、今回の仕事は風合いのある紙がいいなとか。
永原 2、30年くらい前は、紙は存在してはいけなかった。存在が消える紙がいちばん良かったんです。印刷適性がまず優先されて、風合いのある紙なんて別の用途だった。いつからか書籍用紙とかにも風合いが求められるようになりましたね。紙は、これまでのような情報産業としての媒体ではなく、クラフトの対象になっていくと思うんです。何万部も刷るという紙の使い方じゃなくて、500部とか200部とか、そういう物をつくっていきたい。紙への加工が多くなってきたのも、その表れなのかもしれません。絵の具をキャンバスの上に薄く塗り重ねていたのに対し、絵の具を盛るようになった変遷と似ている。紙の使い方が成熟してきたってことですかね。
高田 そんな気がしますね。

 

ひとの手の数の差。

高田 永原さんがオンスクリーンにも興味を持たれたきっかけは何なんですか?
永原 カメラが好きとか、クルマが好きってありますよね。それと同じようなレベルで、コンピューターが好きなんです。活版の墨溜まりがいいなと思うように、画面のジャギーがいいなみたいな(笑)。コンピューターを使うまで、デザイナーが文字を組むってあまりなかったんですよ。文字って発注してたでしょ。写植屋さんとか、活版とかに。文字を使えるようになってから、みんな慌てたわけです。でも、ぼくは自分で文字が組めるんだという喜びの方がまさった。
高田 僕が学生の頃は、学校にコンピューターが揃ってましたね。昔、田中一光さんの事務所でアルバイトをしてたんです。事務所にもMacがあって、チーフの人は使ってましたけど、一光さんは、それこそ、切ったり、置いたりとか、手でやってました。版下をつくるのを、少しやらせてもらいました。こうやってトンボをつけるんだ、とか。いい経験でしたね。
永原 原弘さんの図録を作るときに、撮影に立ち会ったんですけど、印刷が、グラビアとオフセットを併用しているのが多いので撮影しきれないんですよ。マットインキとグロスインキを使い分けていたりしていて。ただまっすぐに撮るだけじゃダメ。斜めから光を入れてもらったりしないと撮れないんです。印刷の使い方がハンパじゃない。豊かな印刷技術が並行してあった時代なんだなと思いました。
高田 贅沢ですよね。今のグラフィックデザインじゃ、到底かなわないだろうなという感じが、どうしてもしてしまう。人がたくさん関わっている感じが滲み出てるんですよね。活版印刷にも、それに通じているものがある気がします。活版を自分で組んだりすることはあまりないですが、印刷は自分でやってます。ドイツの機械で。それが面白いもので、デザインする時はMacの前にいるんですが、そこから離れて印刷作業をしていると精神的に安定します(笑)。活版って、実は幅広くて、オフセット用のインキも使えてしまうんです。調合すれば無限に作れてしまいます。金銀とか、蛍光とか。当時、活版が全盛期の頃はそんなことしてなかったんでしょうが、今の発想で活版を取り入れると、なかなか面白い発見があるんです。いまや一回転して新しい印刷方法として若い人に映ってますね。
永原 活版で刷るようになってから、自分の中で何か変わったことってありますか?
高田 印刷に詳しくなりましたね。印刷会社にお願いしていたものが、むしろお願いされるようになったので。気づかないところに気づけるようになって。圧を効かせたい時は、ベタ面じゃなくて線にしたほうがいいなとか。
永原 そういう印刷で工夫するテクニックを、僕らの世代は多かれ少なかれ持ってたんですけど、印刷が管理できるようになって不要になりました。写植の時に「現像長め」と指定すると少しふっくらした文字に仕上がって、「現像浅め」にするとやや痩せるとか。たとえば写真集をつくる時、墨版はさらっと刷りたいので、キャプションの部分とかは太めにつくっておくんですね。逆に単行本では、インキを盛って文字を濃くしたいから細く作るんです。
高田 二回打つ場合もあるって聞きました。そうすると少し太るらしいです。最近、僕も写植屋さんを利用してますよ。フォントにはない味があって。
永原 僕、オークションで写植機を入札したことがあって。10円からスタートしたんだけど、他に入札者がいなくて、そのまま落札しちゃいました。運ぶのに10万円かかったけど(笑)。
高田 めちゃくちゃ欲しいです(笑)。