紙をめぐる話|紙について話そう。 No.10
谷川俊太郎
詩人
寄藤文平
 アートディレクター

詩の新しい届け方、ポエメール。
詩を送りだしていく谷川俊太郎さんと
そのデザインを手がける寄藤文平さんが
紙に対する想いを語り合いました。

2012年6月4日
(見本帖本店での公開対談)

初出:PAPER'S No.41 2012 夏号
※内容は初出時のまま掲載しています

谷川俊太郎・寄藤文平

谷川 小学生の頃、模型飛行機をつくるのが好きだったんですよ。その翼の部分に使っていたのが雁皮紙(がんぴし)でした。すごく軽くて良い紙で。それが紙を意識した最初の経験かな。
寄藤 僕の場合はマーメイドかもしれません。よく画用紙として使われているんですよ。父親が水彩画を描いていて、その紙を渡されて僕も絵を描いていたんです。雁皮紙ってけっこうスベスベした紙だと思いますが、僕の場合はゴツゴツとした、水をよく吸う紙が最初の記憶にありますね。
谷川 紙の種類って信じられないくらいあるんですね。この見本帖本店に揃えられているのを見ると。この中からデザイナーの人が選ぶのは大変だろうと思うんだけど。
寄藤 そうですね、もうちょっと減らしてほしいですね(笑)。僕、インキの載り方をあまり知らないんです。なので3種類くらい印刷会社に入れて校正刷りを出してもらう。その時に絶対採用しなさそうな紙を残りの2種類に選んで試したりして覚えてきました。谷川さんは普段から紙に詩を書かれるんですか?
谷川 今はパソコンを使って詩を書いてます。形になったら何日か寝かせて、プリントアウトして見てみて、またパソコン上で推敲して…と、そういうことの繰り返しをやってます。僕は子どもの頃から手が不器用で、字がヘタで、親にも随分言われていたんですね。未だに手書き文字にコンプレックスがあるんですよ。物を書く仕事になって、原稿用紙に書いていくのが苦痛でね、だから短い詩を書くようになっちゃったんじゃないかなと思うんです。
寄藤 そうなんですか(笑)。
谷川 ワープロが登場したのは福音でしたね。一行の文字数が増えました。
寄藤 谷川さんがワープロを使っていたと聞くとびっくりですね。詩人の方っていうと、やはり手書きの文字のほうが本物だ、みたいなものがあるのかと思いましたが。そのほうが正しいのかもしれませんけどね。日本には書道の伝統だってあるわけですから。

 

紙の上に流れる言葉。

寄藤 僕は、ブックデザインをやるようになるまで、自分の仕事が紙にすごく関わりがあるというのはあまり感じませんでした。谷川さんは詩集を出される時に、使う紙に対してデザイナーに要望を出すことってありますか?
谷川 それはほとんどないですね。ただ、聞かれて、「この紙はあまり好きじゃない」と答えたりすることはあったかもしれないですね。僕、わら半紙で育ったから、ザラザラとした、生成りの色をした安っぽい紙が好きです。ただ詩集の場合は、そうした紙を使えばいいというわけではないですから、デザイナーに任せています。
寄藤 僕が装丁をした詩集『ぼくはこうやって詩を書いてきた』は、紙も含めて、まさに谷川さんの世界をイメージしてデザインしました。
谷川 数年前に知り合ったスイスの若い詩人と、メールを介して詩のリレーをしましてね。粋狂な出版社がいて、それを本にするって言ってくれたんですよ。そしたら今度は水をテーマに写真を撮れって言われて。水が流れるように34篇繋がったものだから。
寄藤 谷川さんが撮られたんですね。
谷川 そうです。日本でも連詩の本ってあるんだけど、あまり面白いものにならないんですね。期待せずに待ってたら、この本『Sprechendes Wasser 話す水』が送られてきて…ショックでした。あんまりにも良い本だったから。
寄藤 (スクリーンを見て)これは…ジェラシーが湧きますね~(笑)。
谷川 各ページが袋とじみたいになっていて、その中面に写真が印刷されてます。
寄藤 これがね、小憎らしい…(笑)。この本のデザインを見ると、やはり詩の文化に長い蓄積があるように感じます。日本語って欧文と合わせると難しいんですけど、自分たちのフォーマットに日本語を上手に流している気がします。詩が書かれているページにうっすらと写真が透けて見えるから、紙の風合いも独特ですね。僕はポエメールをやってみて、紙と言葉との相性は、刷ってみて、見て決めたほうが早いということに改めて気づきました。紙って、デザインのロジックや意味で紐づけられるものではないから。見た感じで「いいな」と思うのを選ぶのが一番だなと。

ポストを開ける瞬間を楽しく。

谷川 寄藤さんのまわりで、こんな紙の使い方が面白いってものある?
寄藤 このポエメールが一番面白いですね(笑)。郵便で詩を送ろうというアイデアは元々あったんですか?
谷川 ナナロク社との話の中から出てきました。読者の方と僕が直接繋がっているのを実感できるような事をやろうというのがテーマにあったんです。北川幸比古っていう友人がいてね、詩を書き始めた頃、彼とハガキで詩を交換してたんです。そんなふうに、今、紙に書かれた言葉が届くってのは新しいんじゃないかなって気がするんですよね。
寄藤 たしかに。郵便って、そういう力を持ってますよね。
谷川 僕の家、郵便物がたくさん届くんですよ。でも、面白い郵便物って本当に少なくなってきた。
寄藤 ダイレクトメールがほとんどですもんね。
谷川 ポストを開けて、手書きの文字を見つけると、飛びついちゃいますよね。だから、こんな郵便物が届いたらすごく嬉しいだろうなって。
寄藤 一通一通、丁寧につくっていますから、ポエメールではその雰囲気を出したかったんです。ちゃんとしたものを描く時はケント紙を使うっていう習慣が昔からあって。ポエメールで使った封筒の紙も、けっこうケント紙よりの紙を使っています。僕、初めに郵便でやるって聞いた時、かなりチャレンジだなと思いました。でも、つくっていくうちに「いいかもな」って気持ちになってきて。初めはハガキと詩だけでデザインしようと思ったんです。皆さんは谷川さんの詩を読みたいわけですから。 ただ、そうすると、格好良すぎちゃうんですよね。
谷川 そうだね。絵ハガキとかを入れてもいいんじゃないかとか話しましたよね。ポエメールには、3枚のコースターに刷られた書き下ろしの詩が、おまけとして入っています。自由に並び替えて詩を楽しんでもらえたら嬉しいなと。
寄藤 はい。そういう考えを聞いて「ああ、そうか」と。僕は初め、「ハガキに詩が刷られたものが届く」と決めつけていたところがあったので…。絵や柄を入れたりしてもいいんだと発想が広がりました。あの時の谷川さんにフタを開けてもらった気がします。これから発送していくポエメールに何を入れるか、今、そのアイデアがたくさんあるんです。紙で出来ることっていっぱいありますもんね。

それぞれの紙の記憶。

谷川 仙花紙って紙も馴染みがありましたね。
寄藤 センカシ?
谷川 知らない?すごく粗悪な紙だったんだけど。
寄藤 わら半紙よりも質が悪いんですか?
谷川 もっと粗悪だった。敗戦後に一時期出回った紙なのかもしれないけど。
寄藤 「わら半」よりも質の低いのが「仙花」になるんですね(笑)。
谷川 紙って聞くと、僕なんかトイレットペーパーを思い浮かべるんだけど、昔はこの言葉は流通しなくて、「落とし紙」って呼んでたんですね。くみ取り式の便所で、下に紙を落とすからこう呼ばれていたのか、そこらへんはわからないんだけど。
寄藤 気分はわかりますよね。
谷川 かつてはその落とし紙が束になったものをトイレに置いてたんです。四角い籠に入れてね。
寄藤 ああ、祖母の家にありましたね。
谷川 戦時中にはその紙もなかったので新聞紙を代わりに使ってましたよ。たまにインクがお尻に付いたりしてね。あと、それを読むのが楽しみだったって人もいましたね。
寄藤 お尻に付いたのを?
谷川 拭く前のをですよ(笑)。僕の最初の詩集は1952年に出たんだけど、その頃には紙型ってのがあって。もう今じゃないでしょ?
寄藤 シケイですか?その言葉自体がわからないです。
谷川 紙製の鋳型だよ。そこに鉛を流し込んで版面をつくるんです。当時、本をつくるとなると、紙型が各ページごとにあって。じゃあ寄藤さんの頃は、もう活版印刷の時代でもなかったってことかな?
寄藤 はい、もうコンピューターですね。写植のことはレイアウトの授業で教わったくらいです。デジタルの文字も進化していて、明らかに今の文字のほうが使いやすいと思います。性能が良いといいますか、読みやすさの点などがそうですね。近所に活版印刷をやっている所がありまして、括弧などの約物を全部打ってもらたんです。ポエメールの封筒のデザインは、全部約物で出来ているんです。
谷川 なるほど。それは活字で出来てるの?
寄藤 活字で打ったものをデジタルにして、一個一個並べていったんです。始めは活版印刷の人に、これを活字で組んでもらおうと思ったら、職人さんが「それはコンピューターでやったほうがいいよ」って(笑)。大変だからって。

文字の機能。

谷川 中国に行った時に驚いたんだけど、今では横書きで書くことに皆抵抗がないんだってね。僕は未だに横書きは違和感があるんですよ。
寄藤 日本で明朝体と呼ばれる書体は、中国では印刷体と呼ばれるそうです。本当の文字ではないという意識からそう呼ばれると聞いたことがあります。書を正方形にまとめるというのは偽物であると。
谷川 簡体字をつくっちゃうとか、とてもラディカルなところがありますよね。だから横書きにもすんなりと対応できてしまうのかもしれません。寄藤さんはフォントそのものをデザインしようと思ったことはないんですか?
寄藤 レタリングをしてつくってみようと描いてみたことはあるんですが、今ある書体のぶっちぎった完成度の高さに追いつけないと感じたんです。書体をつくる人の能力って、ケタ違いなんですよね。変わった文字をつくるのは出来るんですけど、読みやすさや、どんな文字と組み合わせても読みやすいといった機能を考え始めると、10年、20年とちゃんとやらないとダメだろうなと、そう思ってやめたんです(笑)。
谷川 日本語は文字が多いから大変だよねえ。佐藤敬之輔って名前、知ってる?
寄藤 ええ、組版のこととかは、佐藤さんの本を買って学んだくちですので。
谷川 ああ本当?僕は佐藤敬之輔に、一緒に九州に行こうって誘われたことがあるんですよ。
寄藤 ええ〜(笑)。
谷川 彼はタイポグラフィの第一人者でもあるけど、絵も上手いし、詩人でもあるんですよ。それで知り合ったんですけどね。ああ、今でも佐藤さんは受け継がれてるんですね。
寄藤 そうですね、特に日本語の組版にしては、ほとんど佐藤さんの『日本のタイポグラフィ』って本にだいたい集約されていますね。僕には師匠って呼べる人がいなくて、独学でデザインをしてきましたから、佐藤さんには助けられました。