紙をめぐる話|紙について話そう。 No.11
澁谷克彦
アートディレクター
東 信
 フラワーアーティスト

資生堂で美の世界を
つくりあげてきた澁谷さんと、
植物による表現の可能性を
探求する東さん。
艶のある作品を世の中に
発信しつづけるお二人が、
「紙の色気」をテーマに語りあいました。

2012年10月2日

初出:PAPER'S No.42 2012 冬号
※内容は初出時のまま掲載しています

澁谷克彦・東 信

花って残らないものですから、それを紙に記録するのってとても大事なことなんです。だから使う紙はいつも慎重に選びますね。マット紙がいいのか、光沢紙がいいのか。花自身の質感が豊かなので、バランスに気をつけないと沈み過ぎたり出過ぎたりしてしまうんです。
澁谷 鮮やかなものをグロスの紙で表現するとギトギトになりますよね。それがいいときも嫌なときもある。その辺りはどういう風に判断されるんですか?
花を見て決めますね。南国の色彩豊かな花なら湿気まで感じられるようなギラギラした紙を、寒い国の花なら空気感のある紙を選びます。
澁谷 化粧品の仕事と似ていますね。他の業界と違って、化粧品の表現ってただ女性が綺麗に見えるだけでは足りないんですよ。肌自体が商品ですから「この顔になりたい。この肌、この唇がほしい」と思ってもらえるような誘惑が必要で、そのためには、肌本来の魅力を最大限に出せる紙を選ぶことが大切なんですね。日焼けの肌で真夏のギラつきを表現するならグロッシーな紙を、清純な魅力を伝えるなら肌を主張しすぎないマットな紙で、という風に。
それともうひとつ大切なのは、香りが感じられるかどうか。
わかります、わかります。匂い立つものがあるかどうか
澁谷 一時期、無香料の化粧品が流行ったこともありましたが、無香料でも化粧品の色気っていうのは、香りにあると思うんですね。もちろん香りにも色々あって、オードパルファムのような情熱的な香りだったり、湯上がりの人肌の香りだったり、化粧品によって感じさせるものは変わってきます。
植物でも香りは大切ですね。先日サンパウロの花の市場に行ったらまだまだ野生種が多くて、日本の市場の倍くらい濃い匂いがしたんです。そこでの撮影でも、その匂いを作品の中にどう閉じこめるのかを考えました。見ることで匂ってくるというのが、僕の表現の最終的な目標かもしれません。

 

盛ることで薄くなる紙。

澁谷 僕にとって紙はまず「清潔感」なんです。綺麗で清潔感がないと紙としての価値がないって思うくらいで。
たとえば糊のきいたメンズのシャツの、パリッとした雰囲気ってかっこいいですよね。あの感じです。そしてね、その整ったシャツの第一ボタンを外すことで出てくるのが、色気なんです。ピッと屹立しているものが、パッとはだけたときの色っぽさというか。紙もそうで、白くて神聖な平面をインキなどであえて汚したときに色気が出る。タブーをおかしたときのドキッとした感じですね。
花で言えば、あえて根を見せて表現するようなものでしょうか。切り花と比べて根がある花はそれだけで強さが出て、印象がまったく変わってきます。普段見えない場所を見せることで、植物の力や美しさ、あふれる生命力を引き出せるようになるんです。
澁谷 それとは逆に、見せない、引くことで生まれる魅力もありますよね。以前、白に白を何度も重ねたポスターをつくったのですが、重ねるごとに紙の存在が薄くなって、独特の空気感が生まれたんです。
印刷って、インキを載せることで紙上を濃くしていく行為ですよね。そうではなくて、載せることで紙の存在感を薄くする印刷の仕方。紙が一番下にあって、そこにインキを盛っていくのではなくて、濃度を上げるものと下げるものの中間に紙があるイメージ。
花の表現でも引くという概念は大切です。最初はワーッと足して、その後サーッと引く。そうすることでバランスがとれるんですね。
澁谷 引いていくと、どんどん透けてくるでしょう。その透けた先に何かがぼんやりと浮かび上がる。僕はそういう儚いものが好きですね。花にもある気がします。花を透かした向こう側に見えてくる風景というか。
最近取り組んでいる借景がそうかもしれません。手前に花があって、後ろに背景があって、相互で風景をつくる。これまでのようにモノクロの背景で花を撮るのではなくて、借景をつくることで花に奥行きを持たせて、山、川、雲などの風景を連想できるようにする。抜けも生まれますし、花のシルエットも浮かび上がってくる。そして一枚の写真の中に世界が広がっていく。そんな作品を、これからは作っていこうと考えています。
澁谷 借景って、世界と対峙するってことですよね。そこにあるものと対峙して、多すぎず、少なすぎず表現する。
たとえば向こうに富士山があるとしたらそのシルエットのなかにちょうど収まるように花を生けてみたら、面白そうな気がします。ただ、花は素材を探さなきゃいけないから大変ですね。だからこそ価値のあるものが生まれてくるのかもしれませんが。

 

嗅覚的、触覚的、体験的。

澁谷 考えてみると、紙って木材をミキサーにかけて再構築したもの、つまり植物ですよね。 ちょっと極端な話ですが、同じように花をミキサーにかけてしまえ、なんて考えることはありますか?つまり立体的な花を、意識的にフラットに仕上げることとか。
さすがにミキサーはないですが(笑)、フラットにすることはありますね。芝や苔のように、元々平面的な植物は、平面のまま素直に表現することが多いです。
平面といえば、ニック・ナイトの押し花の写真集を初めて見たときは衝撃を受けました。白の背景に、バックライトを投影して花を透けさせているんです。こういう花の表現があるんだなと。
澁谷 僕が昔見たのは、海草が半透明に撮られたもの。あれも綺麗でした。海の色んな記憶がそこに盛り込まれているようで。
花って誰の記憶にもある存在じゃないですか。「野原に咲く花をお母さんが採ってきてくれた」みたいに人によって色んな記憶がありますよね。花を表現するのは、その記憶を蘇らせる作業とも言えるんじゃないでしょうか。
海外で活動をするようになってわかったことですが、花に言語はいらないんですね。世界共通で、みんなが理解できる。だから普段見慣れている、記憶の中にある花に変化をつけると、誰もがそのことに気づいてくれる。大げさな説明やコンセプトなんてなくても受け入れてくれるんです。
澁谷 人間って元々持っている知識や記憶があって、それを少しズラされると「え?」と思いますよね。まったく見たこともない花も面白いですが、驚きは少ない。
珍しいな、と思うくらいですよね。慣れ親しんだものが新しい形になっている、それが一番面白い。
澁谷 紙の上のデザインでも、個人の持つ記憶を呼び覚ますことが大事だと考えています。自分が忘れていた頃の記憶を見せられると「やられた」とか「懐かしい」とか思いますよね。小学校の教室の黒板やチョーク、野原で触れたタンポポ、笹の葉を折り曲げたときの感覚…そういうところに本当の記憶があるはずで。そして大切なのは、笹の形ではなくて、笹の折れ曲がった感じとか、草で指を切って血が出たとか、触覚的、体験的な記憶を引き出してあげることだと思います。最初に話した匂いもそうですが、視覚以外の感覚を引き出せるポテンシャルが、紙にはあると思うんです。

倒れそうなものを、何かが支えている。

澁谷 花を生けるとき、空間ってどんな風に捉えていますか?デザイナーは一枚の紙がひとつの宇宙であったりしますが、東さんにとってはどうなのでしょう。
僕の場合、空間はもの自身にあると捉えています。
たとえば松を空中に吊るす作品をつくったときには、とにかくこの松をどう生ければかっこよくなるのか、美しくなるのか、それだけを考えました。その結果、花瓶や鉢に生けるのをやめて、松を根ごと浮遊させることにしたんですね。だから僕の作品の舞台は、花そのものなんです。デザインではどうでしょう?澁谷さんのタイポグラフィからは植物的な曲線を感じるのですが。
澁谷 それは多分、アシンメトリーが好きだからです。祖母と母親が生け花をやっていて、子供の頃から生活環境に花があった影響か、僕はデザインよりも先に自然なものが空間にあるという発想で入っていくんですね。デザインって通常、シンメトリーやパーフェクトバランスという考え方から始めるんですが、僕の場合は逆にアシンメトリーがまずあるんです。「倒れそうなものを、何かが支えている」そんなイメージを大切にしていて。
だから植物的なものを感じるんですね。
澁谷 そうなんです。そして大事なのはタイポグラフィだけじゃなくて、その周りの空白なんですね。空白をソリッドに残すか、透かして残すか。そういうことを意識して空間全体を満たしていきます。紙はひとつの四角形なので、斜めの線を引けば三角形が、縦の線を引けば2つの四角形が、横に引けば上と下という関係ができる。カーブしたものを描けば、カーブした形に空間が切り取られる。残された空白を意識することで、押されるのではなくて、すーっと引き込まれていくような空気感が生まれます。空間全体の空気の流れをどう回していくかを考えるんです。
僕はいつも「花を動かせ」っていうんです。作品が完成したとき、植物が動き出すんじゃないかと感じるくらいのものをつくる。それは具体的な方法論ではなくて、そういう気持ちをもって表現しないと動かないぞってことです。たとえばひとつの空間に植物を置いたときに、まわりの空気がガラッと変わる。そこに生命が宿る。 そのくらいのことでないと植物を飾る意味はないと思っています。
澁谷 紙の匂いについて話しましたが、紙の質感はどうでしょう?
好きですね。出来上がった作品に触れたときの感覚は大切にしています。
以前、限定50部の大型特装本を作ったときには、質感を決めるための紙選びにかなり時間をかけました。それぞれの花の質感を表現するために、できることなら写真一枚一枚、紙を変えたかったくらいです。
澁谷 それはかなり贅沢ですね(笑)。
さすがに実現できませんでした(笑)。昔、松と松の葉っぱを砕いて紙をつくったことがありましたが、あの紙の質感は良かった。ぶ厚くなりすぎてしまいましたが、何かに使えるかもしれません。
澁谷 結婚祝いの熨斗紙に松の葉が漉き込まれていたら素敵ですよね。名前は「松葉紙」とかにして。
先日、越前の和紙工場に行ったんですが、そこで作られていた「てまり」が素敵でした。何でも漉き込めるんですよ。赤や金の紐を漉き込むと、それぞれの色の線が現れるんです。葉っぱとか、フラットなものなら何でも可能で。 慶事のようなハレのときには、和紙のように質感の強い紙を使いたいですよね。
薄い切り株のような紙をつくってみるのも面白いかもしれませんね。最近、使える紙のバリエーションが増えてきているので、写真集をつくるときにうれしく感じているんです。
澁谷 あえて一枚ものの手漉きの紙を、東さんの作品に使ってみたら素敵かもしれませんね。白い花を紙に透かしてシルエットとして表現するとか。そういえば花びらにも、花によって違う質感がありますよね。分厚いものもあるし、透けて薄いものもあるし。
花びらの質感は、作品づくりの鍵になるくらい大事です。花びらによって、花の大抵のことがわかりますから。この花はよく水を飲む花だとか、乾燥に強いなとか。そういうものは全部質感に現れるんです。そこに内在するものをどう感じさせるかという意味では、紙と花はとてもよく似ていますね。