紙をめぐる話|紙について話そう。 No.14
山口 晃
画家
佐藤直樹
 アートディレクター、
グラフィックデザイナー

画家として、アートディレクターとして。
業界を超えて名を馳せる存在でありながら、
いわゆるメジャーシーンと呼ばれる場所を、
一歩引いた目線で冷静に見つめる
ふたりが語り合います。
 
2013年10月31日
 
初出:PAPER'S No.45 2013 冬号
※内容は初出時のまま掲載しています

山口 晃・佐藤直樹

佐藤 去年の一年間、美学校で日本画のゼミを受講していたんです。そこで日本画で使う紙のこと、膠のこと、絵の具のことなんかを習って、初めてどんな道具を使うかを知ったんですよ。画材のサンプルの美しさにも驚かされました。山口さんは普段、道具選びはどのようにされているんですか。
山口 実はあまりきちんとやってきませんでした。日本画をやっている同級生の様子を見ても「こんなことをずっとやるのか、面倒だな」と思ったりして。道具や画材から受ける影響にとても無頓着なんです。もっと単純に、線でイメージを表すといったことが好きなんですね。安っぽいものでどこまでやれるのか、という気持ちもあります。
佐藤 紙についてもそうですか。
山口 ええ、特に若い頃はほとんど気にしませんでした。そもそも広告チラシの裏のようなものでないと恐縮して上手く描けない、なんて性格でしたので……
佐藤 わかる気がしますね(笑)。土佐和紙のような立派な紙だと恐れ多くて「この紙はこの紙のままである方が美しいんじゃないか」とか「絵の具もそのままの方がきれいだな」とか僕もそんなふうに考える方です。
山口
本番に弱いので描き出せないんです(笑)。ただ、いちおう職業絵描きという身分になってからは保存のことを考えるようになりましたね。絵を買ってくださった方が生きているうちは劣化しないような紙を使ったりして。
 

 

面白ければ、いいじゃないですか。

佐藤 恥ずかしながらここ最近、絵を描く仕事が増えているんです。新聞小説の挿絵を描いたり、解体中のビルの一室で壁画を描いたり。絵描きでもないのに変なやつだと言われても仕方がないと思いながらやっています。ただ、絵描きとか工芸とか、異分野が横断することで生まれる良さもあるんですよね。たとえば岸田劉生がやった本の装丁ってすごくいいんですよ。本業の油絵じゃないからいい具合に力が抜けていて、そのゆるさがたまらない。あんな装丁が一生にひとつでもできたら、僕なら万歳してしまうほどです。
山口 世の中を見ても「ポエジーな牛乳配達屋さん」のような人がもっと出てきてもいいはずですよね。でも肩書きがないと見る方が不安で受け入れてくれない。ちょっと横断しようとするとすぐに叩かれる。本当は面白ければなんだっていいじゃないですか。それに、自分の領域から外れたものをやるときの気楽さって、真摯さにつながると思うんです。『ヘンな日本美術史』を書いたときにも「美術史の流れを変えてみせる」なんて気負いは一切なくて、とにかく「てにをは」をしっかりさせようということしか考えませんでした。
佐藤 『ヘンな日本美術史』は、内容もその独特の文体も、目から鱗が落ちるほど衝撃的でした。絵を描く人がここまでインパクトを与える本が書けるのかと。ところで山口さんは自分でデザインをやろうと思われたことはないですか、たとえば著作を自分で装丁してみるとか。
山口 やりたい気持ちはありますが、ひとりで全部やっちゃうのはどうかなと思うのと、あと…ぼくは服を自分で選ばないんですよ。カミさんに選んでもらう。つまり服って他人が見るだけで着てる本人には見えないから、他人が選んだ方が良くなるだろうと(笑)。
佐藤 なるほど、でも服と本は違いますよ(笑)。だからぜひ一度やってみてください。上手くいかなくて「わぁ失敗してる」となってもいいと思うんですよ。今ってみんな真面目すぎるんです。同業種内で閉じることでレベルを高めるという競争にはもう限界が見えてきていて、デザインでも、それを専門にするのはそろそろ終了してもいいと思う。紙もそう。これからは受け手も含めた大勢の人たちによって論議されなくてはいけない。そのときに、絵を描く人も混ざってほしいと考えているんです。山口さんと竹尾さんで紙をつくってみたら面白いと思いますよ。
山口 私はけっこう、紙に合わせちゃうところがあって。不便を面白がるというか。平等院の襖絵は鳥の子紙で、吸い込みがないんですね。だから襖を斜めにして絵を描きました。すると水の重さですーっときれいに流れて、グラデーションがきれいに出た。そういうことをやっちゃうんです。もちろんこういうタイプの絵を描くときは吸い込みのいい紙にしよう、こっちの場合は線のきれいに出る紙にしようと、表現によって紙を選ぶこともありますが。

 

ぶつかることで、生まれるもの。

佐藤 印刷っていま、相当な技術レベルにきていると思うんです。もちろん絵そのものを印刷で再現することは無理だとしても、それを自覚した上で、ちょっと別のことを考えると面白い。たとえば墨の吸い込まれるような黒。単純に似せるだけでは近づいていきませんが、印刷ならではの別の表現でクオリティを匹敵させることはできるはずです。絵にも限界があって、表現における妥協点もあるはずなんです。そのときに印刷が「他のものは無理ですが、この線に関してはあなたができなかったことを実現できます」と言うことは可能だと思うんですよ。
山口 それは本当にあると思います。たとえば「伝源頼朝像」なんかは、僕からすると図版の方がいいんです。テクスチャーが消えていて、インキの照りがあって。図版を元にして油絵を描いたくらいです。そういう、印刷ならではの表現を絵でも出したいと思うことはけっこうありますね。
佐藤 先日復刻した横尾忠則さんの「うろつき夜太」を見ると、印刷実験の仕方が凄まじいんですね。そんなことをやる必要はまったくないのに、狂ったように実験をしまくっている。ああいった横断の仕方から新しいものがポコッと出てきたりするんです。いま、色んなものが行き詰まっていると言われていますが、それは逆にガラッと変わるチャンスなのかもしれません。だからやっぱり、竹尾さんと山口さんで紙をつくってみたらどうでしょう。前例があろうとなかろうと、とにかく隣接した同士でぶつかってみては。
山口 昭和30〜40年代の頃には、隣接どころかとても遠いところでの往還があったりしましたよね。私もそうですが、いまは自分の領域の関係者としか話さなくなってしまっています。でも昔を見ると役者がいて、小説家がいて、絵描きがいて…ああいうものがないですよね。
佐藤 話なんて合うわけがないのに議論していますからね。でも無理矢理にでも話をしないと、どんどん自家中毒になっていく。紙や印刷の世界でも、もっと内外が風通しよく知恵を出し合えば何かが生まれるはずで。
山口 関係ないジャンルの人間が言う無責任なひと言がいいんですよね。
佐藤 そうそう「なんでこのプロジェクトにこんな人がいるの?」くらいのことが大事ですよね。理詰めで考えたり、ジャンルごとのトップで固めるような発想ではなくて。

 

人まかせ、紙まかせ。

佐藤 山口さんが絵を描けば、そのほとんどが複製されて世の中に出ていくことになると思います。自分が描いた絵が印刷物になったとき、どんな印象を受けますか。
山口 私は現物がいちばんよく見えるようにしてしまいます。あとで手描きの絵を見たときにちょうどよくなるように描くので、印刷された先のことに関しては深くは気にしていませんね。たとえば新聞だったら各社で仕上がりが変わりますから、考えていたらきりがなくて。
佐藤 複製を二次的なものではなくて、あえて一次的なものとして考えて絵を描いてみるやり方も試してみてもらえたらなあと思います。紙についても、先ほどあまりこだわってこなかったと仰っていましたが、とことん選び抜いてみるとか。
山口 紙はアルシュというフランスの水彩紙を使うことが多いです。ただそれが絶対というわけではないですね。日本画家の方が職人に頼んで専用の紙を漉かせるようなこともやってみたいとは思いますが、正直、ちょっと面倒くさい気持ちもあるので、「適当にやっといて」なんて言ってできた紙がいい塩梅になっていたりするのが理想です(笑)
佐藤 山口さんのような人が紙や印刷に関われば、これまで専門家がやってきたような、レベルを高めるということとは異なる軸、ちょっと違う視点が出てきて業界の活性化にもつながると思うんですよ。
山口 私は流されるのも嫌いじゃないんですね。大学で油絵科に入ったのも、初めて絵を習いにいくときに親にすすめられたのがたまたま西洋画の先生だったというだけで。インタビューなんかでも「これからやりたいことはありますか」とよく聞かれるのですが、自分で考えなくても先様が振ってくれるんですよ。自分の好きなように絵を描いていると、あの人はこれがやりたいんじゃないか、これが向いているんじゃないかと自然に教えてくれる。割と人まかせなんです。不便な紙でもそれに寄り添って絵を描いてみるというのも、そんなところから来ているのかもしれません。
佐藤 これまでの歴史的な系譜としても、絵描きというのは紙に寄り添って描いてきた人が多かったのでしょうか。
山口 その都度ではないでしょうか。私の場合、平等院の襖絵のときには、あんなに大きな鳥の子紙で絵を描いたことはなかったので「これは水彩紙にはない墨ののり方だ」と描いているうちに楽しくなってきて、かなり紙に寄り添う気持ちになっていました。一方で、言ってどうにかなる分は伝えてきた人が多いとは思いますし、先ほどからお話されている「横断」というのも、やはりとても大切なことだと思います。
佐藤 いまはすべてが別れすぎていますからね。警戒心があるのかもしれない。でも、たとえば亀倉雄策さんなんて「デザインは絵描き崩れがやるもの」と言われていた時代に、その反駁としてデザインをやっていたところがあったと思うんです。今はデザインなりアートなりがジャンルとして確立されてしまっていますが、境界線を越えようとすることはつねに必要だろうと。
山口 最近、自分が美大出身であることが恥ずかしく思えることがあって。「私は美術しか知らない人間です」と自ら宣言しているようなものですから。外国では、普通の経歴をたどって、作品をつくるまえにアートカレッジに通うという人が多い。だから私も一度勤めに出て、なんて考えたりもしますけど。
佐藤 山口さんを勤めさせるプロジェクトというのも面白いですね。その際には竹尾さんに入社してもらって、紙を売ってみるとか(笑)
山口 憧れはあるんですよ。「おれだって事務仕事くらいできるぞ」という思いも(笑)