紙をめぐる話|紙について話そう。 No.19
佐藤 卓
グラフィックデザイナー
山田 遊
 バイヤー

紙に象徴されるような、
微細な違いを持つものの価値は
どうすれば人に伝わるのか。
グラフィックデザイナーとバイヤー、
それぞれの経験から語り合いました。

2015年7月8日

初出:PAPER'S No.50 2015 秋号
※内容は初出時のまま掲載しています

佐藤 卓・山田 遊

山田
先日、台湾で竹尾ペーパーショウを見た友人に「すごく日本的な展覧会だね」って言われたんです。あんなに繊細な紙の展示を台湾で見るのは初めてだったと。確かに日本人の紙への偏愛はすごいですよね。リニューアルした銀座・伊東屋の竹尾見本帖 at Itoyaに行ったときも感じましたけど、微細な違いを見つめる感受性は特有のものだなぁと。
佐藤 そうですね。そもそも高級ブランド店が並び立つ銀座のど真ん中で、紙の微妙な差異を手や目で確かめている人たちがいるってすごく豊かな状況ですよね。紙、色、質感、それだけで成り立っている。そんなお店はなかなかないですよ。紙への偏愛を満たしてくれる貴重な場所ですよね。

紙がこちらに語りかけてくる感じ。

山田 いま小売業界では、文房具がちょっとしたブームのようになっています。デジタルツールが普及しつつある中で、紙のノートもたくさん売れていますし。卓さんはこれまでノートをデザインされたことはありますか?
佐藤 手帳づくりのお手伝いはしたことはありますけど、ノートはないですね。ノートは難しいですよ。線を1本引くか引かないかが非常に重要だし、引くなら途中までなのか、端まで引くのか、さらに色はどうか、間隔はどうか……ぜんぜん決められないと思う(笑)。
山田 「究極のノートとは何か?」なんて禅問答みたいになりそうですね(笑)。
佐藤 そうそう(笑)。しかも不特定多数の人たちが自然にいいと感じるノートをつくらないといけないでしょう。ノートって既に世の中に無数にあるので、今さらバリエーションをつくっても仕方ないところもありますし。山田さんはお店にノートを置くとき、何か選ぶ基準はあるんですか?
山田 何となく触り心地がいいとか、けっこう感覚的ですね。たとえばひとつのノートに対して100個言えることがあったとして、そのうち90個が不便でも「残りの10個がいいんです!」ってお客さんに言えればそれでいい。機能性より実感を大事にしています。ただ、どんなに気に入っていてもノートって途中までしか使えないんですよね。
佐藤 わかるなぁ。最後まで使い切れる人って憧れですもん(笑)。僕も2、3ページで終わっちゃうことが多い。いいものだと思って買ってるんですけどね。
山田 一方で、ノートくらい紙に対してストレートなプロダクトも珍しいですよね。紙をただ綴じているだけで特定の機能性もない。こんな風に使い方を個々に委ねられているプロダクトって他にほとんどありませんけど、ノートはその中でもいちばん手に取りやすくて想像がつきやすい。
佐藤 誰でも自由に想像できるところがいいよね。
山田 そう、自由なんです。それにオブジェクトそのものに対する日本人の執着心のようなものも体現されている気がします。竹尾のドレスコのノートもすごくきれいですよね。サンバレーオニオンスキンを使ったノートなんて特に。
佐藤 風合いがたまらなくいいですよね。このノートは紙がほとんど詩のような感じに見える。素敵な詩のように、紙がこちらに語りかけてくる感じ。これも日本人的と言えるかもしれませんね。

紙と人を言葉でつなぐ。

佐藤 実は僕ね、紙の名前ってほとんど覚えていないんですよ。記憶力がないから。昔はそれが短所だと考えていたんだけど、あるとき長所になるかもと思ったんです。というのも、好きな紙があるとそれを使おうとするでしょ。でも覚えていなければ仕事の目的にふさわしい紙を雑念なく選ぶことができる。まったく使ったことがなくてもね。しかも、いつも初めて紙を見るような、新鮮な気持ちでもいられますし。
山田
なるほどなぁ。僕も仕事ではまっさらな状態でものを選ぶことが多いですね。特に紙って知識に捕われずフラットに選べるところがいいと思っていて。 人がものを選ぶとき、普通はブランドや生産地のような情報がフィルターになることが多いですけど、竹尾見本帖 at Itoyaのお客さんを見ていると厚みや手ざわりのようなフィーリングだけを頼りに紙を探すじゃないですか。
佐藤 微妙な部分を敏感に感じていますよね。いつも例に出すんですけど、日本くらい擬音語擬態語が豊富にある国って世界のどこにもないんですよ。「さらさら」と「ざらっとしている」の細かな感覚の違いを詳細に言語化して、それを相手に伝えることを日常の中で自然と楽しんでいる。俳句なんかがその象徴ですね。最近はそんな感覚が廃れつつありますけど、感覚は眠るだけで消えないものですから、それをデザインによって呼び起こせたらいいなって考えたりしますね。
山田 欧米だと「ビューティフル」のひと言で終わったりしますからね。だから紙の質の微差も伝わりにくい。僕は普段ものを因数分解みたいに解体するんです。ひとつのものの良さを何十個もひねり出して、そこにある価値をなんとか言葉でお客さんに伝えようとしつこく考えていて。
佐藤 それってソムリエですよね。豊かな言葉でいかにワインがおいしいかを伝える役割。フランスだってイタリアだってね、ワインではできるのになんで紙は豊かに伝えられないのか。きっと感覚がないんじゃなくて、紙に対してはソムリエのような人がいないだけかもしれないな。
山田 欧米のワインと日本の紙って近い存在なのかもしれないですね。
佐藤 ペーパーソムリエというかね。山田さんみたいな、何が私をそういう感覚にさせているのかを明らかにしてそれを言語化できる人がいれば海外でも「なるほどこの紙とこの紙は違うね」って気づいてもらえるはず。価値観が共有できる相手ならいいんだけど、そうでない場合が現実的にはとても多いから、ものと人の間をつないでくれる人が必要なんですね。これまではそういう人がほとんどいなかったから、これから重要になってくると思いますね。
山田 竹尾の紙をぜんぶ擬音語擬態語で言い表してみたいですね。ただ、短く端的に伝えるってすごく難しい。接客も同じで、人を引き込むには数秒で伝えないといけない。僕は普段からデザイナーの方の仕事を観察しているんですが、それはコミュニケーションのノウハウをお店づくりの参考にしたいからなんです。これまで仕事をしてきた中で、いいものなのにちょっと歯車が噛み合わないだけで失敗する例を山ほど見てきましたけど、お店のPOPひとつとっても、そこにクリエイティブが介在して、ものの良さを端的に伝えられれば必ずものは売れるはずなんです。
佐藤 いいデザインのものは売れないとか、ひそやかに語られていた時代もありましたからね。きれい、カッコいいは自分ごとにならないとか言われて。でも確かに、少しきっかけをつくるだけで人に届くものになるはずです。山田さんは僕らよりもリアルな現場で仕事をしていますよね。だからこういうポジションの人、ものやデザインの目をきちんと持った人に間をつないでもらうって本当に大事。ものづくりができる人はこれからもそれなりに育つだろうけど、その間をつなぐ人の方をどう育てるかが今後の課題になると思うんです。

デザイナーとは別の道。

山田 やっぱりデザイナーになりたい人が多すぎて、それを支えようとか、サポートしようという人が圧倒的に少ない。バンドでいうとみんなボーカルになりたがっている。でもベースもドラムも必要だぜと言いたい。チームとして相対的にいいものをつくるためには。
佐藤 デザインが誤解されているというのもありますよね。デザインってそもそもつなぐことなので。たとえばブックデザインは小説と人をつなぐためのものです。でもブックデザイン自体が目的化して、素晴らしいブックデザインですねと言われることを喜びに思っちゃったりする。でも本当は「この小説にとって本当に素晴らしいデザインだ」と言われるのが喜びであるべきで。極端にいうと、デザインにフォーカスが当たってはいけないとも思いますよ。
山田 そういったデザインを体現されてきた佐藤さんがいうと重みがありますね。「明治おいしい牛乳」は売り場を劇的に変えましたからね。
佐藤 「おいしい牛乳のどこがデザインなんですか」って言われたときに、すごくうれしかったんですよ。「やった、デザインって思われてない!」って。デザインに注目せず牛乳を飲んでくれている。それでいいよね。だって日常生活にあるものがすべて主張していたらうるさくて仕方がないですし、心地よい生活なんて成立しないですから。だから山田さんが持っているような仕事の意識はデザイナーにも必要なんじゃないかと。
山田 ただ一方で、デザイナーがそこまで万能でなくてもいいとも思うんですね。専門であるべきところにとことんこだわり抜いてほしい。そこでマネジメントが必要になる。デザイナーがもっとデザインに集中できる状況をつくるべきで、いま日本のデザイナーは万能を求められ過ぎていますよね。
佐藤 山田さんのような職種の方がいてくれると僕らはデザインに集中できるわけだね。
山田 後のことは僕らが引き受けるからさと。僕は元々デザインがすごく好きで、でもデザインができなかったから家具屋に入ったんですね。当時はそれだけしか入り口がなかった。でも他にも選択肢があるはずだと。デザイナーを支える別の仕事があるはずなんですよ。
佐藤 そういう仕事をする人がこれまではほとんどいなかったから、これまではデザイナーが何でもやらざるをえなかった。でもそれが確立されて広がっていけばできる仕事の種類も増えるし、それぞれが自分の仕事に集中できる環境が生まれますよね。
山田 デザインが好きだからといって、デザイナーになるだけではない選択肢がたくさんあるはずですから。だから僕はいま新しい仕事をつくるという意識で活動を続けているんです。僕にしかできないことがあるはずだと。だって昔なくて今ある仕事、今ないけど将来的にある仕事って死ぬほどあるはずじゃないですか。

 

記憶がよみがえる紙のサンプル。

山田 ところで卓さんはプライベートではどんな紙が好きなんですか?
佐藤 新しい紙も好きだけど、古本屋なんかにある日に焼けたぼろぼろの紙が好きですね。「うわぁこの紙、いい感じで古びてるなぁ」なんて思います。トイレットペーパーも好きですね。高級ホテルのトイレに入ったとき「なんてやわらかいんだ」って感動したりして。意外とトイレットペーパーって紙との重要な接触ポイントなんだと思います。ゆる巻きであっという間になくなっちゃうものに出合うと「商売上手だな」なんてビジネス的な背景まで頭をよぎったりして。
山田 確かにそうですね。そうだ、竹尾とトイレットペーパーを関係させるのっておもしろいんじゃないですか。今後の紙の展示の仕方の参考にもなるかもしれないですよ。
佐藤 トイレットペーパーの点線があるでしょ。あれをきれいに切る人と、汚く切る人がいますよね。それだけで次の人のことを考える想像力があるかどうかが分かっちゃう。これってきっとみんなが経験していることだからおもしろいんですよね。
山田 過去の体験や記憶とものの関係って密接ですもんね。たとえば竹尾のサンプルの紙幅をトイレットペーパーにしてみるだけでも、しばらく忘れられなくなるはずです(笑)。
佐藤 それを座ってめくっていくとかね(笑)。しかも横に設置してあればもっといい(笑)。それで赤とか黄色とか色んな色を置いておく。
山田 上蓋の金属の部分に「竹尾」って刻印してみるとか(笑)。
佐藤 いいねえ。竹尾さん、やりませんか(笑)。