紙をめぐる話|紙について話そう。 No.21
仲條正義
グラフィックデザイナー
ナガオカケンメイ
 デザイン活動家

長きにわたり紙の仕事と向き合ってきた
仲條さんとナガオカさん。
意外にもこれが初対面だそうです。
それぞれに生きた時代や訪れてきた場所で
感じてきた紙の佇まいや匂いが、
行間から漂ってくるような
対談となりました。

2016年3月25日

初出:PAPER'S No.52 2016 夏号
※内容は初出時のまま掲載しています

仲條正義・ナガオカケンメイ

ナガオカ 僕は知多半島の先っぽの田舎町で育ったんですけど、中学生くらいのときによく『花椿』をもらいに行っていたんです。今思うとそれが仲條さんとの最初の接点でしたね。
仲條 まだ無料で配っていた頃ですよね。当時お世話になっていた編集長が景気のいい人で「金は使うもんだ」なんていって、一時期は500万部くらい刷っていたんですよ。最初はB5サイズでね。途中からA4サイズに大きくして100円で売るようになったんです。
ナガオカ 無料だから手に入りましたけど、あれが有料だったらたぶん買えなかったですね。そもそも中学生の僕が化粧品屋さんに行くのも勇気がいることでしたし。だから無料だった頃の『花椿』に影響を受けた人って全国にたくさんいたと思うんですよ。
仲條 今はウェブになって誰でも見られるけど、ウェブはニュースだからね。残っていきにくい。やっぱり紙の雑誌でね、そこに表現があって、パラパラッと手でめくれたりして、やっと一人前の媒体になるんだと思うんだけどね。

何の紙でもいいけど、それでも。

ナガオカ 地方のお味噌屋さんとか醤油屋さんとかにある素朴なラベルが好きなんです。全国に流通する必要がない、近所の人だけがパッとわかるような手書きのラベル。あれって何の紙なんでしょうね。もしかしたらチラシの裏かもしれないけど、ああいう紙に惹かれますね。
仲條 地方に行くと店主がワープロ打ってピッと貼ったようなのがあるよね。
ナガオカ あの強さには敵わないですよね。でも地元のデザイナーが東京のデザインに影響を受けてきれいに文字を組んだりすると、どんどんおいしそうじゃなくなっていく。日本酒の手書きのラベルとか、そういうものの力強さってやっぱりすごいなあと。
仲條 昔風のものを今の人がつくったりするじゃない。なんだか憎たらしいんだよ。偽物つくりやがって、って。
ナガオカ ありますね、老舗風のもの。
仲條 気をつけないとね、偽物になる。ほんとかよ、なんて思って。最近はどこでもなんとなく東京のにおいがありますし。もちろん地方にもちゃんとしたデザイナーがいるんですけどね。
ナガオカ そうですね。少し前に土佐和紙で領収書をつくっている人に会ったんですが、風合いのある領収書っていいなと思って。その土地ごとの領収書を、その土地の紙でつくったらいいんじゃないかなと。ところで仲條さんは作品に使う紙はどう選んでるんですか?
仲條 家に貯めて置いている紙が何種類かありましてね。といってもふた月にいっぺんくらいしか使わないんですけど、それをね。でもしばらく置いておくと紙が風邪を引く…って、知らないかな。水張りして水彩で描くんですけど、紙にシミみたいなものが浮き出るんですよ。今の人は言わないですかね。
ナガオカ 紙が風邪を引く、ですか。初めて聞きました。風邪を引かない方法ってあるんですか。
仲條 マメに買うしかないと思いますね。でも色が出なくなるわけじゃないので、フィルムと違ってどうにかなるんですけどね。
ナガオカ 気に入った紙があってまとめ買いしてるってことですか?
仲條 そうですね。家に置く紙はアルシュ水彩紙とかBBケント紙とかで。ほんとは何の紙を使ってもいいんですよ。どちらかというと安い紙が好きだったりもしますし。それでもやっぱりね、良い紙だと気持ちがいい。毎年つくっているカレンダーでもそうですし、結局、発色が違いますから、節目節目で使うことになりますね。

大きな紙に胸が躍った。

ナガオカ 『花椿』って紙は何を使っていたんですか?
仲條 「花椿用紙」って呼ばれるオフホワイトのマット系の紙です。初期のB5サイズの時はグラビア両面のアート系の紙で刷っていたんだけど、A4にしてサイズが大きくなるとペラペラになっちゃうから紙を厚くしたかった。それで紙をつくりなおしたんです。
ナガオカ 「花椿用紙」みたいなザラッとした紙っていいですよね。あんまり高価ではなくてそこら辺に出回っているような紙。最近は周りを見てもそういう紙が好まれてる傾向がありますよね。
仲條 昔は真っ白でピカピカ光ったプラチナホワイトみたいな紙が主流だったりもしたけど、今はそれほどね。やっぱりみんな出力で見てるから、コピー用紙のようなありふれた紙の感覚が染み込んでいるのかもしれないね。
ナガオカ 今渋谷ヒカリエでちょっとしたギャラリーを出しているんですけど、展示用のPOPは全部コピー用紙。何でもない感じの風合いが好きで。仲條さんは何か印象に残っている紙ってありますか?
仲條 最初の紙の記憶というと、小学校二年生くらいの時ですね。僕は今年で83になるんですけど、その頃はまだ戦中で、疎開先に行く時に担任の女の先生が「仲條くんは絵を描くのが好きだから」って画用紙を20枚くらいくれてね。サイズはB4くらいだったかなあ。それを大事に持っていって。あんまり大事にしすぎて結局使わずに帰ってきたんだどね(笑)。
ナガオカ 僕の場合はケント紙を初めて買った時にすごくドキドキしたのを覚えていますね。
仲條 うんうん。僕は上野で学生時代を過ごしたんだけど、その頃はB全判の紙なんて売ってなくて。よく神保町の辺りまで買いに来ていましたよ。
ナガオカ 最初は目の前にB全の紙があるだけでワクワクしますよね。僕が上京したての頃ってB倍判のポスターが駅に元気いっぱいに貼られていた時代だったんですよ。ラフォーレとかパルコとか。それを宣伝部にもらいにいくのが趣味で。B倍の迫力ってすごかった。あの時代はどこにいっちゃったんだろう。
仲條 だいたい今って駅の掲示板もガラガラだもんね。活性化できないかって時々考えますね。あそこで展覧会開いてみたらいいんじゃないかな。
ナガオカ それはいいですねえ。新聞30段広告にもワクワクしたのを覚えています。
仲條 もっと昔はB全が最大だったからね。今見るとあれっこんなに小さかったっけ、なんて思うんだけど。でもB倍のポスターってやっぱりね、鑑賞するものじゃないんだよ。大きいから記号みたいになっちゃう。スイス判ってわかるかな。ヨーロッパの街並みにある、ほら音楽会とかバス停とかに貼ってあったりするA倍判くらいの縦サイズの。最近はあのくらいのサイズがいいなって思っていて。B全は今の街中のスケールに合わないし、B倍は横位置ばっかりだから。
ナガオカ ああ、見たことあります。スイス判って言うんですね。確かに縦だといいですね。
仲條 これからのデザイナーが使うのにいいかもなと。僕も今度やる個展はそれでやろうかなと思っていて。個展で紙が小さいと貧弱に見えるからねえ。
ナガオカ 紙の大きさって大事ですね。大きいだけでワクワクしますから。

衝撃。顔に巻かれたガムテープ。

ナガオカ ご自身の顔にガムテープを巻いた写真の作品を覚えていますか?あれを初めて見た時、ものすごいインパクトで。仲條さんにお会いする機会があればあの作品についてぜひ聞きたかったんです。
仲條 あれは25年くらい前だったかな。亀倉雄策さんが主催されて、松屋の大きなホールで当時のベテランと若手のデザイナーがタイアップして展覧会を開いたんですよ。僕は博報堂のデザイナーと組んでね、あの写真はニュージーランドで撮ったんです。
ナガオカ 何かテーマはあったんですか。
仲條 展覧会には同期の福田繁雄も参加していてね、彼はきっとグラフィックデザインの極みのようなことをやるだろうなと思って、僕は同じになるのが嫌だったから(笑)、違うことをした。オープニングパーティの時は亀倉さんに怒られやしないかと思って隠れていたんだけど「いいじゃないか」って気に入ってくれたんです(笑)。
ナガオカ そうだったんですね(笑)。いやあ、あれは衝撃的でした。確か雑誌にも載っていましたよね?
仲條 『deja-vu』っていう写真雑誌の最終号でしたね。
ナガオカ 本当に強烈でした。ガムテープは即興でグルグル巻いたんですか?
仲條 締め切りギリギリだったから、その場の思いつきで。撮影場所が何もない街だったんですよ。デパートもないし、あっても昔の反物屋さんみたいなところで。そこで色んなものを見つけてね、どのみち何やっても似合わない人間だから、仕方がなくガムテープをドバーって巻いたりとか、お腹出して2ℓ入りの牛乳を飲んだりしてね。今年の末に葛西薫さん監修、服部一成さんデザインで僕の作品集ができるんだけど、それには載るかもしれませんね。
ナガオカ 載るかどうかご本人が知らないんですね(笑)。
仲條 そう(笑)。2009年の『花椿ト仲條』は意味があると思って出したんですよ。でも今度のはやめたかったんだけど、編集のADP久保田啓子さんが「やるよ私は」って言うからそれにのってね。だから詳しくは知らないんです(笑)。

鞄へ、本棚へ、誰かの手の中へ。

ナガオカ 2009年から『d design travel』というトラベル雑誌を47都道府県分つくっています。僕は元々グラフィックをやっていたんですけど、段々と情報を整理する仕事に関心が向いて編集の仕事を始めるようになりました。昔と違って今は編集長やAD独断の企画って実現しにくいし、雑誌自体もあまり売れないですよね。でも僕は紙ものが大好きなので、自分が編集長になって取材もして、本当に気に入ったことだけを掲載したいと考えたんです。『花椿』にも取材ページがありましたよね。
仲條 ええ、僕も編集は大好きでね。やっぱり紙の雑誌って自分で考えたり思いついたりするのが面白い。今回はロンドンに行くかNYに行くか、ロンドンならスタイリストはあいつがいいかなあ、カメラマンは誰かなあなんて。それに撮影もフィルム選びも、レイアウトも印刷も面白いし、ほんと雑誌くらい面白いものって僕にはないですね。
ナガオカ 仲條さんはADも編集長もやっていたんですか?
仲條 編集長はいたけど大体年下だったからね。「そんなんじゃあ誰も見ないよ」なんて好き勝手に注文つけて(笑)。
ナガオカ いいですね(笑)。レイアウトや文字詰めみたいな緻密な作業も楽しいですか?
仲條 いやあ、僕は文字詰めなんてしませんから。文字を詰めたり広げたりしたらみんなが読みにくくなるだろうって主義なんですよ。『花椿』は書体もぜんぶ同じでしたし。そういう細かいところがデザインだと思ったら大間違いだと思うんですよ。たとえば写真ならロンドン郊外の公園を有り体に撮っても盛り上がらないから、そこにシェイクスピアの服を着た男を立たせようとかね。そういう発想が楽しいし大事。そもそもそれがないと売り物にならないですし。
ナガオカ 当時の『花椿』のようなもののつくり方、グラフィックが紙の束になった印刷物にみんな影響を受けてたんだと思うんです。それを鞄に入れたり、本棚に入れたり、誰かに渡したり、壁に貼ってみたり、そういうところがいい。仲條さんにはやっぱり紙の雑誌のADをやってほしいですね。