紙をめぐる話|紙について話そう。 No.23
中川政七
中川政七商店十三代 中川政七
関本明子
 アートディレクター、
グラフィックデザイナー

紙を介して出会った中川さんと関本さん。
仕事に欠かせない道具としても、
また仕事のアウトプットとしても
日頃から深く紙に携わっている
おふたりならではのエピソードや
提案が飛び交う対談となりました。

2016年12月6日

初出:PAPER'S No.54 2017 春号

中川政七・関本明子

中川 関本さんには、中川政七商店の創業300周年の記念商品をデザインしてもらいましたね。
関本 「入れ子の封筒/ぽち袋」ですね。元々は「フトリョーシカ」、封筒のマトリョーシカというアイデアだったものを、「シカ」といえば、奈良の中川政七商店なのではということで、商品化しませんかと中川さんにお話させていただいて。
中川 最初はおもしろいなぁって他人事として聞いていたんですけど、後から「あ、うちから出すのか」と気がついて(笑)。
関本 そうでしたね(笑)。そこからさらに、中川政七商店から出すなら奈良との結びつきを持たせたいと企画を詰めていって、奈良時代に詠まれた万葉集にある撫子や黄葉といった言葉から色を選んでいきました。名前も日本らしく「入れ子」に代えて。
中川 正直なところ、商売的には紙は難しいという意識はあったんです。過去に販売したものもなかなか売れなくて、やっぱり人の潜在的な意識として布にはお金を払うけど紙には払わないという感覚がどこかにあるんだろうなと。ただ紙のおもしろいところは、これほど誰もが親しんでいながら、価値が深く知られていないこと。僕自身この仕事を始めるまではヴァンヌーボも知りませんでしたが、詳しくなると急におもしろくなるんですよね。そこに伸び代があるはずだと考えたんです。

 

紙が広がると、場ができる。

中川 ちょっと前まで僕はいつもA4のコピー用紙を束で持ち歩いていたんです。仕事上のメモやアイデアをそこに書いて、プロジェクトごとに封筒に収納していました。東京に拠点ができてからは奈良ともリアルタイムに情報を共有できるようにiPad Proに書くようになったんですが、不便なこともあるんですよ。紙のようにずらっと並べて一覧できないので、何かを広く構想するのには適していなくて。
関本 私も考える時は紙を使うのでよくわかりますね。お気に入りの紙とペンをいつもセットで使っていて、ペンはゲルインクなので少し紙ににじみが出るんですが、その感じがとても心地よくて長く愛用しています。紙を破いたり並べたりしながら考え方を組み立てていくんですが、PCが置いてある机とは別に専用の広めのスペースももらっています。
中川 場って大事ですよね、僕は受験をしていた時、勉強前の準備をすごく大切にしていて、それだけに一時間くらいかけていたんですよ。色んなものを整えてからでないと始められなくて。
関本 場があるとすぐに取りかかれるんですよね。積極的になれるというか。そこに行けば紙とペンと絵の具が置いてあって、それを手に取って集中してアイデアを練っていく。
中川 僕にとって紙は記録の道具ではなくて思考の道具なんです。紙を広げた場所に意識を向けることで集中力が高まるんでしょうね。ちなみにペンは水性派です。油性は滑りの悪さが思考を鈍らせてしまうので。
関本 水性は筆の走りがスムーズだからか、思考もスムーズになりますよね。紙ににじんでいくというか、没入していく感覚も集中に繋がりますし。
中川
そうなんです。だから使うものにも慣れと親しみが必要なんですよね。見たこともないペンや紙を渡されると全然集中できなくて困ってしまうんです(笑)。

 

一番おいしそうな紙はどれですか?

関本 中川さんは質感についてどんな風に捉えていますか?中川政七商店でたくさん取り扱っている麻などの布製品も、質感が特徴を分けていると思うのですが。
中川 質感は大切ですね。僕がECサイトにあまり積極的でないのは、触らずして布の何がわかるのかと思っているからです。画面では伝わらないものがありますからね。
関本 布の質感に比べると些細ではありますが、パッケージの紙を選ぶ場合も同じですね。例えばNTラシャはおいしそうな触感があると思っているので食品のパッケージによく使うんですけど、他にもメカニカルなものに合いそうな紙とか、質感はすごく気にしていますね。
中川 同じく300周年記念につくった「白妙の文箱」でも、モチーフが白い衣なので布っぽい質感の紙を選んでいます。そんな微差がたくさんあるからこそ、紙って興味を持ち出すとおもしろいんですよね。こんなに種類があるなんて昔は全然知らなかったですし。
関本 私もここまで多いと知ったのはこの仕事を始めてからですね。
中川 今、名尾和紙さんという手漉き和紙の工房のコンサルティングに携わっているんですが、極論を言うと一般の人にとっては手漉きも機械抄きもそんなに変わらないんですよ。ただその中でも差を見つけて、それがお客さんにとってうれしいことになるようなコミュニケーションに置き換えないといけない。単純に価格だけをみると高いわけですからね。でもみんな一様に「これは和紙です」というコミュニケーションになっているんですよ。
関本 少し前の「紙について話そう。」で「紙の微差を感じ取れる世の中は豊かだ」と中島信也さんが話されていたのがとても印象に残っています。微かな違いにおもしろさを感じて紙を選ぶって幸せなことですよね。
中川 昔の贈進礼法の折形では「真・行・草」という格があって、格によって使う紙を分けていた。そんな風に繊細に表現を整えることで初めて伝わるものもあるはずですよね。昔はそれを当然の礼儀としていたわけですし、今でも物質的にこれだけ豊かになっているんだから、その豊かさをどこまで感じ取れるかは受け手のリテラシー次第ですよね。しかも紙の場合は日常的に触れるものなので、ちょっとしたきっかけで一気にリテラシーを高められる可能性があると思うんです。例えば目を閉じて「どれが一番おいしそうな紙ですか」なんて聞かれる体験をしてみると、些細な違いもみるみる実感できるようになるんじゃないでしょうか。
関本 竹尾さんの店舗に行くと紙が銘柄や色ごとにバーッと分かれていますよね。そこに例えば「おいしそうな」とか「メカニカルな」とかいう分け方があってもおもしろいですよね。
中川 みんな色に対してはリテラシーがありますが、触感にはないですからね。絶対に触ってもらうべきですね。
関本 大勢に質問して統計を取ったら意外な共通項が見つかりそうです。
中川 「デザイナー100人に聞きました」みたいなことでもいいと思うんですよ。
関本 「温度が高い紙は何ですか」とか「北海道を感じる紙はどれですか」とか(笑)、切り口は無限にありますからね。

 

デザインと人をつなぐ共通言語。

関本 紙を使って何かを考える時には、文字を書くんですか?
中川 文字と図ですね。
関本 私はクライアントに説明する時には言葉を整理するんですけど、デザインは図から入ることも多いです。色も必要なのでパッと見られるように12色の小さい色鉛筆を置いておいて。
中川 僕は単色で書くんですが、それは色をうまく塗れないことが思考を妨げてしまうからなんです。基本的にはロジカルに考え方を積み上げていくので、それを邪魔されたくないというか。でも、日頃クリエイターの方々と仕事をしていて感じるのは、まず先に答えがあるんだろうなということですね。みなさんそれをさも積み上げたように論理的にお話される(笑)。僕はその様子をつぶさに観察して、本人も気づいていないであろう頭の中の構造をどれだけ理解するか、ということをずっと続けているんです。結局、優秀な人って思考回路のパターンがあると思うんですよ。もちろん100%ではないにしても、そのパターンをフォーマットにすれば、それまで20点や40点しか取れなかった人でも常に60点は取れるようになる方法がつくれる。それが僕のクリエイティブマネージメントだと考えているんです。だから今日もそうですが、クリエイターのみなさんが自然にやられていることを常に注視し続けています。
関本 普段仕事をしていても、クライアントにデザインだけを見せて進めていけるケースは稀です。デザイナーにとって普通のことが、クライアントにとってはそうでないことって多々ありますからね。だから考え方を整理して、言葉を導き出して話をしていきますね。互いに通じる言葉をひとつ見つけるだけで、共有できる幅がすごく広がるんです。
中川
最近、『経営とデザインの幸せな関係』という本を出したんですけど、まさにその共通言語をつくろうと考えたんです。これを読めばお互いに歩み寄りができて、幸せなプロジェクトがもっと増えるんじゃないかと。どんなに良さそうに見えるデザインでも、こちらの意図との繋がりが見えないと「本当にこれでいいのか」って思っちゃいますよね。でもそこにひとつ共通言語を入れるだけで一気に納得できるようになる。
関本 先ほど仰っていた「先に見えている答え」とクライアントの間を繋ぐってことですね。
中川 そうです。いきなり答えを出されても「わかんないよ」って話になりますから。プロジェクトが複雑になればなるほど共通言語が必要になりますよね。実は僕、小さい頃スキップができなかったんですよ。でも二十歳くらいに一念発起して、できるようになろうって決めたんです(笑)。それでできる人の動きをずっと観察していたら、足が地面に2回着くんだってことに気がついた。そこからはすぐでしたね。そんな風にみんなが当たり前にできることでも、一度ロジックに代えないとできない人もいると思うんです。
関本 最近はよくデザイン思考なんて言われますけど、これってどういうことだと思われていますか?
中川 まだ言葉が定まっていないジャンルだと思うんですけど、デザイナーからいわせるとデザイン思考だし、経営側からいうとクリエイティブマネージメントで、実は一緒なんじゃないかと思っています。答えに辿り着くためには、ロジカルな話とクリエイティブな話の両方のアプローチが必要で、要はミックスなんだろうなと。
関本 私は今、ヒトツブカンロという飴のブランドの仕事をしているんですが、例えばパッケージをつくる場合でも、デザインのことだけを考えるわけじゃないんですね。どういう売り方にするか、お店ではどんな存在感を出すか、ホームページはどうするか……色んなことを考えてできあがっていくので、その過程をデザイン思考と名付けてもらうことはデザイナーにとっていいことだと思うんです。表面を装飾することが仕事だと思われがちですが、意外とつくること以外もやっていて、ようやくそれを理解してもらいつつあるのかもしれないですね。

 

「利き紙」を試してみませんか。

中川 関本さんはこれからやってみたいことってありますか?
関本 そうですね、先ほどのお話にもありましたが、日本人の紙のリテラシーを高めていくことができたらおもしろいなと思いますね。
中川 中川政七商店では「日本の工芸を元気にする!」というテーマで「大日本市博覧会」というプロジェクトを開催しているんですが、そこでいつか和紙を取り上げたいと思っているんです。和紙に限定せずに紙でもいいかもしれないですが、色んな紙に触れてもらうような機会をつくれたらいいですね。せっかくですから、竹尾ペーパーショウと連携させていただくのもおもしろいかもしれないな。
関本 それはいいですね。同級生が小川和紙の職人見習いになったのですが、小川和紙ってちょうど有田焼に対しての波佐見焼のような立ち位置で、日常使いの和紙らしいんです。一見同じように見える和紙でもそんな風に様々な役割があったりするので、和紙がどんな存在なのかを掘り下げることができたら興味深い展示になりますね。
中川 ちょうど「大日本市博覧会」でも、松岡正剛さんと共同で起ち上げた「工芸クロニクル」という展示で小川和紙の歴史を取り上げているんです。まず町人文化があって、そこに刷り物や瓦版ができて、江戸周辺に紙の需要が生まれて、それが産地化していく……そんな歴史的背景があって。
関本 和紙って意外と全国各地でつくられているんですよね。
中川
そうなんです。工芸って生活道具を自分たちで作っていたのが起源ですからね。流通が発達していない時代は全部近場で作っていたんですよ。でも流通が発達していくにつれて徐々にそれが集約され、産地が形成されていったんです。だから産地の誕生ってすべて江戸時代以降なんですよ。
関本 だから小川和紙は江戸の町人文化と関係しているんですね。
中川 ええ。ただ和紙に限っては全国どこでも1、2件は漉き続けているところがあって、それぞれに「~和紙」って名前が付いているんですよね。でもそれらに大きな違いはほとんどない。それこそ微差なんですよね。その差を触って判別する「利き紙」みたいなことができたらおもしろいかもしれませんね。
関本 それはいいですね!画面上で済まされてしまう時代だからこそ、紙に触れることの感覚を磨き上げていきたいですよね。