紙をめぐる話|紙について話そう。 No.32
田中良治
デザイナー
長谷川昭雄
 ファッションディレクター
スタイリスト

何気ないのに、何だろう?
と思わせるような絶妙な加減の表現を
それぞれの領域で
探り続けているおふたり。
終始和やかな会話の端々で放たれる
ピリリとした提言に
ドキリとさせられる対談です。

2021年2月15日

初出:PAPER’S No.63 春号

田中良治・長谷川昭雄

長谷川 まずは亀倉雄策賞の受賞、おめでとうございます。と言いつつ、あんまりよく知らなくて(笑)。どんな賞なんですか?
田中 ありがとうございます。その年で最も輝いているグラフィックデザインの作品に贈られるという実に恐れ多い賞で、ウェブサイトでの受賞は初めてということもあって、あまりにも恐縮してよくわからない心境になっています(笑)。先日母親から「調子に乗ってはいけない」みたいな話がぎっしり書かれた手紙が届いたのですが(笑)、まわりの皆さんに感謝しなきゃと思っています。
長谷川 いいお母さんですね。田中さんは知り合った時からぜんぜんかっこつけた感じがなかったのですが、後々、様々な賞を受賞されていっていて、すごい方にお仕事をお願いできているんだなぁと。
田中 いやいやいや。今日は僕からのリクエストで長谷川さんに来てもらいましたが、長谷川さんはスタイリスト、僕はウェブの人間で、ちゃんと紙の話ができるか少し不安もあるんです(笑)。長谷川さんは普段の仕事は紙媒体が多いのでしょうか?
長谷川 実はあんまり紙はやってないんですよ。

 

手抜きのない下世話さ。

長谷川 スタイリストって「芸能」や「ファッションとは全く関係ない広告」の仕事をメインにすることが多いんですけど、僕の場合はほぼ100%がファッション業界の仕事です。2019年に『ポパイ』を辞めるまでは、雑誌の仕事しかやって来なかったですし、ビジュアルを見せるのは本であるべきと思っていましたから、元々、印刷物は好きなんです。実家も印刷業ですし。でも、最近は雑誌そのものがなくなっているから、紙の仕事は減っていますね。とは言え、あまりやりたいとも思わないんです。かっこいい雑誌がほとんどないし、自分の人生を捧げたい雑誌があんまりないんです。というのも、雑誌を作るのってとてつもなく労力がかかるじゃないですか。コーディネートや服探しはもちろん、ロケハンもモデル選びも写真セレクトもページ全体の構成も、誰よりも細かく自分の手でやってます。モデルハントはアシスタントに探させてますが。でも、労力と時代性が合ってないなと。もっとクイックで身軽な情報発信がしたくて『フイナム』と一緒に『AH.H』を始めたんです。いい写真を伝えるには、絶対に本の方がいいですが。特に僕の場合は、散々ハイブランドを扱ってきましたが、根本では、高尚なファッションに興味がないんです。服は道具というか、下世話なものでいいっていう立場ですから、その辺の安いTシャツのこの形がいいよねとか、何でもないことを言い合いたいだけっていうか。それってインスタとかでやる方が早いですよね。コロナ禍もあって、わざわざ雑誌を買いに行くより家で携帯を見る方が楽しいって人も増えていますし。もちろんアートのような表現を追求する媒体として本を選ぶ意味は充分あると思いつつ。
田中
下世話って感覚がいいですよね。紙選びでも、高級な紙なら何でもいいってもんじゃなくて、コンテンツとのバランスで安い紙の方が最適なこともある。僕自身もどちらかというと個性のある紙より「普通の紙なのにかっこいい!」みたいなことに憧れます。努力をしていないように見せる努力をめちゃくちゃしているものが好きです。ハイブローに仕上げるのって本当に大変なことですが、オーバークオリティで圧倒的ってある意味では当たり前のことでもあって。そういう部分で、長谷川さんのスタンスはいつもとても参考になります。『ポパイ』を担当されていたときにも、プロではない素人の男の子をモデルにしていましたよね?
長谷川 ええ、できるだけ奇を衒わないものを作りたくて。その代わり手抜きはしない。写真もロケーションも徹底して突き詰める。でも高級に見せるのはナンセンス。高級じゃなくて、気持ちのいいものを提案したかったので。
田中 価格の高低でものが選ばれがちな中で、長谷川さんは「気持ちいいもの」みたいな知らなかった視点を教えてくれますよね。僕の場合、ハイテクを鈍臭く導入したり、廃れた技術を引っ張り出してきたりして、新鮮さを設計するということをやるんですよ。
長谷川 そうですね。新しい価値観を作りたいって気持ちはありますね。人気ブランドのお店に並ぶのとは別の価値基準があった方がおもしろいじゃないですか。人ってコンプレックスでものを選んでると思うんですよ。ハイブランドとか高級車って場合によっては持ち主をダメに見せますよね。本当にその人に品がないと下品に見えますから。お金があれば似合うと勘違いしてしまう情けなさ。自分のコンプレックスを見破られるのって恥ずかしいし、そういう基準じゃないところでファッションを選びたいなと。
田中 わかります。この頃は、そういう価値観の人を説得しようとしても仕方がないから、新しい価値観を粛々と世の中に提示していくしかないなあと思っています。そう思うと気負いもなくなって、気持ちが随分と楽になりましたね。

 

正解の中にはない答え。

 

田中 今の時代って、数の理屈だけで、紙よりデジタルの方が優れていると思われがちですよね。閲覧者も多いし、「いいね」もたくさん付くし。このタイミングで亀倉賞をもらえたのも、そういうデジタル優位の空気感の影響もあったかもしれない。でも、散々やり尽くされてきたB全ポスターで「何か新しいことをやってやるぞ!」とトライし続けるような姿勢って、今後のデジタルの世界に必要な感性だと思うんです。見飽きた矩形を新鮮にするグラフィックデザインの営みが、僕には輝かしく見える。デジタルメディアは数字が支配的ですから。
長谷川 ちょっと前にカレンダーを作ったんです。曜日はなくて、1月から12月までの日付だけが一枚の紙にただ並んでいるポスターのようなもの。よく見ると月ごとに数字の書体が違っていたり、キュリアス マターの紙っぽくない触感が不思議な雰囲気を出していたりして、すごく見応えがある。カレンダーってついじっと見入っちゃうものだから、デザインが些細なところで生きてくるだろうなと考えて、プロダクトとして価値を持つかたちを探り直してみた。言ってみれば紙っぺら一枚なんですけど、他の媒体では出せない質感があって、紙ならではの価値ってこういうことだよなと。ファッション誌もそうで、紙とウェブで活躍の場を分けることが大切なのに、その辺りをあまり考えられていない気がします。
田中 たくさんの人に届けるには非効率かもしれなくても、マニアックで希少な情報を空気感ごと載せるにはやっぱり紙が良かったりしますよね。長谷川さんのカレンダーのように、既存のルールに合わせる必要もぜんぜんない。さっき僕は普通の紙が好きだと言いましたが、何でもない紙に高級なものが刷られていると途端におもしろくなったりする。反対にヴァンヌーボのような高級紙にくだらないものが載っているとかね。ウェブを作るときもそうで、どうコンフリクトをつけるか。きれいと汚いが混じり合うようなところから、びっくりするような体験が生まれてくる。
長谷川 田中さんに作ってもらった「駿河台 矢口(web design: 有本誠司 | Semitransparent Design)」という美容院のウェブサイトもそうでしたね。大げさなモデルの写真はいっさいないシンプルな構成。カーソルがヘンテコな手書きの長方形になっていて、実はそれはお店のドアの形だという、まったく美容院らしくないサイトで。
田中 正解とされていることに縛られず、対象のコンテンツに合わせて手法を考えています。美容院だったら営業時間と電話番号がわかれば、あとは自由でいいじゃん、みたいな。
長谷川 アメリカに行くと日本にはないようなペラペラの紙に情報が印刷されていたり、包装紙が絶妙に厚かったりして、妙に惹かれるんです。お互いに、普通なのになんだこれ、みたいなものが好きなのかもしれませんね。

 

形はパクれても、心意気はパクれない。

田中 僕くらいの年齢になるとディレクターとしてデザイナーに指示する立場になることが多いんですけど、僕自身は変わらず自分の手を動かしています。これでいいのかなって迷うこともある中で、今回亀倉賞をいただけて、背中を押されたような気持ちになりました。亀倉さん自身も手を動かし続けたくて自分で立ち上げた日本デザインセンターを辞め、個人事務所を作ったそうです。歴代の受賞者もそういう方々が多い印象ですが、やっぱり自分で手を動かさないと発見がないんですよね。人が作ったものを見て新しさみたいなものに気づくのって難しい。
長谷川 スタイリングも実際にフィッティングしないとよくわからなかったりしますね。ほとんどの人はアシスタントに着せてざっくり決めたもので進めることが多いのですが、僕は本番のモデルに着せないと決められない。やってみてやっと発見がありますから。
田中 スタイリングってパクリ放題できそうですよね。でも長谷川さんの真似ができないのは、対象の人と向き合ってひとつひとつを決めているからなのかもしれないですね。参加していただいた「光るグラフィック展」では、会場に置くマネキンに自分が羽織っていたジャケットを着せて「これでいいか」なんて言っていて驚きました(笑)。でもそれってアシスタントに着せていたらわからないことで。
長谷川 やっぱりその人とのマッチングというか、着る人を良く見せないと、服も良く見えない。僕の真似をしているような人っているんですけど、似合ってないと思うんですよ。
田中

形は似せられても心意気はトレースできないんでしょうね。

長谷川

デザインの模倣も難しい問題ですよね。

田中 個人的には割とありだと思っていて。かつて日本のロックがアメリカのロックの真似から広がっていったみたいに、デザインも模倣によって他の文化を巻き込みながら発展・継続しています。「光るグラフィック展2」もファッション文脈の人がこの展覧会を観に来て何か持ち帰ってくれないかなと考えて長谷川さんにスタイリングをお願いしました。デザイナーだけに向けて作ると膨らみがないですから。

 

真理はTシャツにある。

長谷川 僕は最近、スタイリスト業よりも服作りやディレクション業の割合が増えています。これまであまり接する機会がなかった生地屋さんや紡績屋さんなどの作り手に会うことができて、すごく刺激的。ファッションビジネスの端から端までの作業をぜんぶ体験していくことで責任感が増して、視野も深まった気がしますね。
田中 服の選び方も変わりますか?
長谷川 不思議なもので、無地の服が好きだったのに、自分が作る服にはブランド名を入れたくなるんですよ(笑)。そういう自分の変化にびっくりしています。
田中 そうなるとロゴも大事になりますよね。入れてもやらしくならないように。
長谷川 プリントか刺繍か、大きさは、書体は。色んなパターンを服に直接貼りながら、ああでもないこうでもないと何週間も検証しています。自分の手を動かしてみて、初めてグラフィックデザインの奥深さを知った気がしました。
田中 グラフィックデザイナーの作るTシャツって、意外とかっこよくないんですよね。仲條正義さんが、出来上がったグラフィックをTシャツにしても成立するか?というようなことを仰っていて。確かにTシャツはグラフィックデザインの武器である緻密な余白のコントロールができないので、造形力やその形の新鮮さが問われる。どう切り取られても形が成立するものにしなくちゃいけないので。
長谷川 ひょっとすると、本質の部分でファッションに興味がないのかもしれませんね。たとえばアートディレクターが作るファッションビジュアルって心に響かないことが多いんですよ。視点がアートすぎて、ファッション好きの人と目線がズレてしまう。服なんてぜんぜん写ってなかったりして、高尚なものにしてしまう。ファッション誌が衰退した理由ってそこにもあるかも、とかちょっと思うんですよね。
田中 かといってECサイトにある標本みたいな見せ方も違いますよね。あれだと服の背景にある物語が消えてしまう。僕からすると長谷川さんの作るビジュアルは服を見せるという機能を果たしながら美しいのでハッとさせられます。
長谷川 微調整が大切なんでしょうね。アートと標本の間にある微妙な加減を探らないと無意味なものになる。そういう意味でも仲條さんの言葉は真理だなと思いますね。

 

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