紙をめぐる話|コレクション No.18

現代に蘇った
19世紀末の博物図譜
─The Birds of America

ダブル・エレファント・フォリオという、
本の概念を超える大判サイズの紙に原寸大の鳥たちが
自然の中で生き生きと躍動するさまを描いた
『The Birds of America(アメリカの鳥)』。
「アメリカの宝」とも言われ、ペリーが二度目に
来航した際に、将軍への献上品として持参したという
記録も残っています。
画家であり博物学者であったジョン・ジェームズ・
オーデュボン(1785〜1851)がイギリスで出版したもので、
1827年からの11年間、5枚一組で全87回配本されました。
2010年のオークションでは、435枚すべてが
そろっているコンプリート版に9億円という金額が
つけられたほど貴重な本が、「ファクシミリ版」という
新しいかたちで現代に蘇りました。

初出:PAPER'S No.49 2015 春号
※内容は初出時のまま掲載しています

出版・販売担当者の話
松野夏生さん(株式会社雄松堂書店 国際事業室 室長)

もともと5枚一組で配本されていた図版を、購入者はそれぞれ自分の好きなように製本して保存していました。本の所有者が変わるとバラして新たに製本し直すため、当時は何種類かの巻数が存在したようです。4巻本がもっともメジャーですが、7巻本や9巻本もあったとのこと。 「ファクシミリ版」というのは、世界に一冊しかないような中世の写本などを完全にコピーして印刷物にすることです。そのコピーの仕方はいろいろあって、紙の黄ばみや汚れまで忠実に再現するものもあれば、今回のように汚れは取り除いて再現するものもあります。
この本は雄松堂がずっとつくりたいと思っていた企画で、今回制作したのは、未製本版と製本版の2種類。明星大学所蔵のオリジナルを撮影しては色味を確認し、印刷データにしました。紙は当時のものになるべく近づけ、開きやすく、非塗工の紙、ということで竹尾さんといろいろな紙を検討した結果、特別に抄いてもらったのが「YUSHODO Audubon 2014」です。奇跡のようにいい紙に出会えたと思います。印刷は4色印刷。空気を多く含んでいる紙なので、インキがかなりしみ込みます。なので、これ以上盛れない、というギリギリのところまでインキを盛ったことで、美しい色が再現できました。実はもっとも苦労したのは丁合いなんです。大きいので置く場所がなくて、思いがけず時間も費用もかかりましたね。制作には約1年かかりました。書物を大切にしたい、長く残していきたいという思いをもつ方々との友情によってつくられたのだと感じています。

 

用紙コーディネーターの話
竹尾 稠さん(株式会社竹尾 代表取締役社長)

竹尾では紙の相談をお受けしますが、ここまで大判の書籍に関わる機会はなかなかありません。この著名な本のファクシミリ版をつくりたいという話は以前から、旧知の雄松堂書店新田会長より伺っていましたが、2013年に実際につくることになったというお話を受けて、早速社内で紙の検討を行いました。 もともとの紙は嵩高でざらっとした紙に銅版印刷され、その上に手彩色されています。この色味や風合いをもち、微妙なグラデーションを現代の印刷で再現できなければなりませんし、さらにこの本をこれから50年、100年と後世に残していける紙でなければなりません。
具体的に紙をイメージするために、まず色味と風合いでわけて、担当者が色の見本は25種類、風合いの見本は8銘柄をもっていき、何回も明星大学にいって見比べ、さらに束見本を原寸大でつくって検証し、色味、風合い、印刷適正、柔らかさのバランスを調整してきました。結局、既存の紙では原形になる紙はなく、特別に特種東海製紙に抄いてもらいました。それが軽くコシのある「YUSHODO Audubon 2014」です。
紙は綿密に計算された工業製品ですから、使用する抄紙機、水の温度、抄紙スピード、パルプの種類、配合などで柔らかさやコシが変わります。時代背景もあり、出来合いの紙を用いることが多い昨今ですが、今回は「本に合う紙を一からデザインし設計する」という貴重な機会を得ることができました。新田会長の頑な意志、そして「ないものをつくる」という竹尾の精神が結実した一冊に仕上がったと思っています。

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