紙をめぐる話|コレクション No.38

その日の色
「 3、4、5月 井上庸子」展

清潔感、澄んだ空気、自然体、などなどなど。
さまざまな言葉で表現される井上庸子さんのデザインは、
どのような営みから生まれてくるのでしょうか。
中国の杭州で開催された
「3、4、5月  井上庸子」のお話から、
その源泉がじんわりと垣間見えた気がします。

初出:PAPER'S No.69 2025 冬号
※内容は初出時のまま掲載しています

キュレーターの話
服部彩子

ギャラリーの主催者であるMeiさんは、井上さんの作品を「何を描いているかをこえて、空気感が好きです」と仰っていました。「だから何を展示してもいいです」とも。ただ、あの広い空間がいい感じに埋まるのか、少し不安でした。「じゃあ行ってしまえ」と、一年前の4月ありったけの作品を抱えて井上さんと杭州まで出かけました。いざ作品を並べてみると、ボリューム的にはいける。でも何か決め手に欠けるねと悩んでいると、Meiさんがスケッチを持ってきました。ロの字の台で、真ん中を空けて、「もののあいだにある空気感を表現したい」と。うん、それはおもしろいねと、開催を決めました。また、杭州の果実で新作をつくれるといいねと井上さんと話し、現地の畑で撮影もしました。「凝ったデザインが主流の中国で、そうではない在り方を若い人たちに見せたい」というMeiさんの願いの通り、展覧会では中国の若い人たちが井上さんの作品に見入っていて、本当にやってよかったなと思いました。

デザイナーの話
井上庸子

一年前の下見の時に、現地にたくさんの作品を持ち込んで、「あ、なんか並んだな」と安心した後、さくらんぼ畑に行きました。いい場所を見つけたら白い紙を服部さんが持って、私が撮る、を繰り返しました。現場では好きな枝ぶりを一生懸命探すのですが、出力してみたら、あ、これあんまり好きじゃなかった、なんてことも多々。大量の写真から選んだものはどれも似ていて、展示ではその「好きの微差」を見てもらうことにしました。紙はルミネッセンス、色はマキシマムホワイトです。壁の色とのちょうど良さと、日差しが強いので、出力を日に当てながら決めました。ちょうど良さって?うーん、溶け込みすぎず、紙が前に出すぎず、でしょうか。印刷は、下手な仕上がりが好きな自分の事務所のプリンターで。背景の色は調整していません。その日の日差し、その日の色です。私が自然体?いやいや本人はそれなりに必死です。いつも正解がないので、困ったなと思っています。

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