紙をめぐる話|紙について話そう。 No.04
須藤玲子
テキスタイルデザイナー
廣村正彰
 アートディレクター、
グラフィックデザイナー

初めて紙のデザインを手がけた
テキスタイルデザイナーと
紙を知り抜いた
グラフィックデザイナーが、
今回は「紙と布」をテーマに話し合います。

2010年5月17日

初出:PAPER'S No.35 2010 夏号
※内容は初出時のまま掲載しています

須藤玲子・廣村正彰

廣村 紙をデザインするのって、想像しているのとやってみるのとでは違いました?
須藤 ええ、随分違いますよね、本当に。このGAしずくGAいぶきをつくったんですけど……表面にエンボスが入っているでしょう?
廣村 ええ。これはどうやって考えたんですか?
須藤 試作品は、針で紙を突ついてつくったんですよ。紙のデザインなんて初めてだったんです。最初のアイデアは、表と裏に異なる触感がある紙とか、全部穴が空いている紙。エンボスで紙をつくるって言われて「じゃあ穴を空けてほしい」って思ったんです。でも「穴があったら、そこにインクが溜まる」「インクが落ちてしまう」と言われて(笑)。ほんとはもうちょっと凸凹がついて、穴というか点の集合体みたいな、点が集まって、だんだん模様に見えてきて、ときめくような、そんな紙ができないかなと思っていたんですけどね。

 

自然と続いている、日本の色。

廣村 この紙は、つくるときに何か用途は想定されたんですか?
須藤 いや、なかったですね。もともとテキスタイルでもあんまり用途を考えたことがないので……。ただ、日本的な要素を入れてほしいとは言われましたね。でも、例えば「和」とか言われたときって、どういうことを意識なさいます?
廣村 日本の美ってすごく多様的で、装飾的なものもあればシンプリシティなものもあるので、和といっても一概に捉えることはなかなかできませんよね。
須藤 確かにね。私も、そうは言われてもそれほど和を意識した感じはないんです。でも、今回の色は、私の持っている日本の古い着物の染色から色を出してるんですよ。大学時代からずーっと集めてる端切れみたいなもので、大体明治とか大正の、縮緬とかの日本の着物の生地が多いんですけど。だから、かつて我々の親や、その前の代の人たちが着ていたような、自然と続いている色っていうのかしらね、そういう色を使っているんです。
廣村 和に含まれている要素ってなんだろうと考えていたんですけど、例えば和紙と洋紙では光の通し方も違いますよね。その違いの原因は何かっていうと、まだらであることなんじゃないかと思うんですよね。
須藤 そうかもしれないですね。おもしろい。
廣村 まだらって不均一なことだけど、工業社会では不均一なものをつくるのは難しいですよね。特に「良い」不均一なものをつくるって、一番難しいと思うんです。でも今は単純に大量生産されたものを享受するんじゃなくて、微細な変化や違いを求めるような消費社会になっている気がするんですよ。だから、今回の和っていうのも、そういうオーダーだったんじゃないかな、と。僕は製紙会社の仕事もしているんですけれど、やっぱり新しく開発する紙は、いかに均一じゃないものをつくるかというオーダーなんです。ただ、大きな抄紙機でつくるときは、まだらな紙はクレームの対象になるんですよ。ユーザーが使うのは、ごく一部だったりするから。
須藤 今回つくった紙なんかは、きっとそうだと思いますよ。切り取る部分によっては、柄が違っちゃうと思う。
廣村 でもそれをよろこびとするというかね、そんな精神構造になってきている気がするんですよね。
須藤 なるほどね。それから、今回は水をモチーフにしているんですよ。手漉きの和紙もそうですけど、私にとって、紙は水の中から生まれるイメージが強くって。それに今回の話を頂いた時期に、たまたまアイスランドに行ったんです。今は火山灰の話でもちきりですけど、そこはものすごく水と日常がつながっている国で、発電は水力、バスは水素で動いているんです。だから「やっぱりテーマは水だな」と思ったんです。
廣村 アイスランドは、水に囲まれているってことですか?
須藤 水にも囲まれているし、暖房や野菜の栽培に温泉が使われたりしているし。ほんとに水の恩恵で街ができているっていう印象がすごく強かったですね。

最終プロダクトとして、紙が「目的」になる。

須藤 テキスタイルって素材なんですよね、どこまで行っても、かぎりなく。つくり手としては、テキスタイルが一枚の布として自立した、完成されたプロダクトとしてあってほしいと思うんだけど、それと同時にやっぱり単なる素材なわけです。それは、紙が表面に何かを印刷されて、あるいはかたちになって、ようやく機能するのと同じようなことなんですね。だから今回紙をデザインするなかで、その点がすごく近いと思ったんです。だってテキスタイルって、使う人によってはドアノブのカバーみたいなのをつくる人もいるわけでしょう?だけどそれをやめてくれとは言えないじゃない? まあ別にドアノブに使いたかったら「どうぞ」って感じもあるし、ほんと別にいいと思うのよ、テレフォンカバーだって(笑)。
廣村 それは買った人の自由だからね。でも、一方でタペストリーみたいものがあるじゃないですか。飾っておくための布みたいな。
須藤 そうそう、純化したかたちでね。
廣村 須藤さんのテキスタイルが、そういうものじゃないのはもちろんわかるんですよ。多少加工してもかまわない、ぐらいの余裕を持ってるでしょう? だけども、そこから先へは踏み込めない強さも持ってるじゃないですか。だから、最終プロダクトとして須藤さんのテキスタイルがあるように、そういう存在に近付きたいと紙も思ってるはずなんですよ。そちらの方向に紙の未来は進んでいくでしょうね。
須藤 そうね、だから例えば「どうやって使うのかわからないけど、なんかちょっと手元に持ってたいぞ」みたいな気持ちにさせる、そういう紙があってもいいですよね。
廣村 そうですよね。だからこれからは、消費する紙と、プロダクトとして使う紙とに二分化していくと思いますよ。消費する紙はどんどん再生するなり捨てるなりすればいい。でも残していく紙は、紙としての存在価値がないと駄目なんだと思います。たぶん、紙はずーっと長い間、石や革の代用品だったんです。でも、そのなかで一番安価だし、軽いし、持ち運びができるから、紙だったんですよね。だからメディアとも呼ばれた。でもデジタルになったわけですよ。
須藤 そうですね、iPadもできちゃったしね。
廣村 代用品がいらなくなったんですよ。だから「はて、困ったな」と紙は今思ってるわけです。でもこれは困ったことじゃなくて、あらためて紙が自分の意思で「目的」になるすごいチャンスだと僕は思ってるんですよね。今までの膨大なロットをみんなが使うわけじゃなくなるかもしれないけども、紙は紙としての存在価値として生きていく「元年」にいるかもしれないな、と。
須藤 おもしろいですねえ。そうなったらいいですよね。

羽根のある紙とか、鱗のある紙とか。

廣村 人っておもしろいから、雲を見て何かに似てるなっていうのと同じように、だんだんと自分の脳の中で、いろんな解釈をしてくじゃないですか。解釈の幅があるってことですよね。だから、均一につくるっていうのは、幅がないってことだと思うんですよ。ひとつのイメージしか持ってない。だからこれからは、たくさんのイメージを持つものを、みんなが使いたくなってくるのかな、と。
須藤 おもしろいですねえ。小さな感動を積み重ねるみたいにね。
廣村 須藤さんがつくってる布って、まさしくそういうことでしょう? 紙のデザインにしても、例えば須藤さんなんかが頼まれているのは、目的に沿って紙をつくることよりも、一般のユーザーの想像を広げるような紙をつくることなんじゃないかと思うんですよね。さっき、何かを想定してこの紙をつくったのかとお聞きしたのは、制作者としてそういう意識があったのかと思ったんです。使う人によって想像のベクトルが違う、いろんなものに使える紙のほうがおもしろいわけで、限定されてるほうがつまらないわけじゃないですか、それにしか使えないから。
須藤 均一にならないのよ。布ができるまでのプロセスは複雑で、多くの人の手を経て仕上がります。ですから、当初のデザインイメージからブレることが結構あります。それが私のテキスタイルのデザインを特徴づけているのかもしれませんね。
廣村 僕は須藤さんの布を昔から見てて、すごく素敵だなと思っているんだけども、みんながなぜそれをいいと感じて欲しがるのかな、とずっと考えていたんです。それで、ちょっと紙の話と通ずるんだけども、紙ってメディアじゃないですか。だから、その上に印刷したり、それで箱をつくったりしなければ、紙は機能しないとずっと思われてきたんですよ。昔は、紙ってどんどんどんどん安いほうを目指していたし、印刷に適性のいい紙をつくろうとしていたから、A2コートみたいな安くていい紙がいっぱいできたんですよ。でも、それで終わりかなと思ったら、そうじゃなくなったんですよね。やっぱりそういう均一で優秀な紙は、人もそうだけど、案外つまらないじゃないですか。ちょっとどっか欠陥がある人のほうがおもしろかったりするでしょう。だからこそ紙も最終プロダクトを目指す方向に行くはずなんですよ、これからは。絶対。
須藤 そしたらおもしろいですね。クラフトやテキスタイルと同じように紙をデザインするとかね。
廣村 そう考えないと、もう気が気じゃないですよ(笑)。特にこういうファインペーパーってすごいきれいだし、やっぱりすごくそれなりの研究をしてつくられているわけだから、これ自身が目的の紙になりうる。ファインペーパーは印刷の適性がいいかって言ったら、むしろそうじゃない紙も多いと思うんですよ。だからこそ紙自体のポテンシャルで使ってもらうことがやっぱり重要なんじゃないかなと思うんだよね。それでこの発展形のなかに、例えば須藤さんがやられている布的なものがね、もっともっと入ってくると。須藤さんがつくられている羽根が入ってる布とか、素敵じゃないですか、ふわーっとして。
須藤 鱗みたいなのが出てたりとかね(笑)。 ね、いいよねえ、ケバがあったりとかね。
廣村 うん、うん。
須藤 だから穴を空けるアイデアもね、表面は穴が空いてるから触ると吸い取られるような感じなんだけど、裏面の指は何か突起物を触ってるわけよね。なんとなくそういう感じがいいなあと思ったの。そんな紙があったらいいですよねえ。