紙をめぐる話|紙について話そう。 No.05
葛西 薫
アートディレクター
立花文穂
 アーティスト

紙への想いが滲み出てくるような
作品をつくる二人のクリエイターが
話し合います。
今回のテーマは、「紙とインキ」

2010年9月21日

初出:PAPER'S No.36 2010 秋号
※内容は初出時のまま掲載しています

葛西 薫・立花文穂

立花 僕は紙から入るってことがあんまりないんです。紙は最後の最後。だから「この紙が好き」ってのはあまりないかもしれません。
葛西 でも立花さんが好きな紙はなんとなく想像できるな。ものすごく安くて薄い紙じゃない?ヨレてる紙とか。立花さんが好きな紙って、僕も好き。
立花 僕が好きになる紙って、生産中止になっていることが多いんです。小さいものなんか最近は、すでに手元にある、断裁した状態の紙を利用すること前提でデザインすることも多いです。在庫を減らしていく作業というか。だから、紙に対してそこまでこだわりはないともいえますね。あるものを使う。もちろん紙とインキとの関係とか、内容とのバランスを考えながら。

紙とインキが出会う場所。

葛西 3月に出た僕の図録では、まず最初に紙を決めたんですよ。なるべく軽いのを作りたくて。
立花 僕は本を開いたとき、ページがしっかりと立ってしまうのがあまり好きじゃないんです。ヘナっとなるような質感の紙がいい。
葛西 僕もそうです。だから写真集って難しいね。写真家は写真の再現を意識した紙を選ぶけど、本としては重くなっちゃうし。それと、写真の再現と本の中身とのバランスも難しい。以前、太宰治の小説『女生徒』と佐内正史の写真とが交互に出てくるページ構成の本を作った時、小説のためには風合いのある紙がいいし、写真のことを思うと白いアート系のほうがいい。そこで白くて風合いのあるホワイトナイトを選んだんですね。だけど、念のためにもう少し再現性のいいマットアート系でも刷ってみたんです。最初佐内さんは「やっぱり、あまりインクを吸い込まない紙のほうがいいかな」とホワイトナイトに抵抗を感じていたんだけど、次の日に連絡があって、「やっぱりホワイトナイトのほうがいい」と。一度自分の写真から離れて「本」として見た時に、思うところがあったんじゃないですかね。ところで、立花さんの『球体』、いいですよね。
立花 僕の仕事の場合、紙とインキが出会う場所を作りたいっていう想いが最初にあります。写真に関しても、印画紙にではなく、最終的には印刷物に、つまり紙にドットになって落ちていくイメージというか。それが積み重なった先に、本や雑誌がある。昔はそういった刷りものがありましたよね。古本屋に行くといっぱいある。なぜ今ないのか不思議でしょうがない。
葛西 僕がデザイナーになろうと思った1968年頃はそういった本や雑誌がどこにでもあったね。だけど紙がだんだんツルツルになってきて今に至る。そこに立花さんが現れたんだ。ご本人はそのような時代を知らないのかもしれないけど、紙の匂いとか、印刷の乱れとか、そういうのを自ら楽しんでやっているのを見ると嬉しいね。
立花 今の印刷物って、目的がハッキリしてるものが多いですよね。もうちょっと、目的がないけど紙面自体に目線が集中しているものがあってもいいんじゃないかと思います。本が持っている、本来の魅力を感じてもらいたいというか。
葛西 そういえば子どもの頃、家にある書物を引っ張り出して、そこにある印刷された文字や写真を触ってみたり、裏から透けているのを見て楽しんでみたり、印刷のズレとかを虫眼鏡で見てみたり、よくやったなあ。自宅に『家庭の医学』という本があって、その紙の匂いが独特だったんですよ。内容とあいまって、すごく怖かったなあ。今、そういった本の匂いも少なくなった。
立花 僕はそういった昔の印刷物を追求するというよりかは、世代的にギリギリあった当時の紙の記憶とか、古本屋にある、デザインにしても本の作り方にしても、もっとざっくりとした書物に魅力を感じることが多いんです。そこには本という以上の何かがあるんですよね。

じわーっの時間。
びちゃーの触感。

葛西 僕の仕事の多くは広告で、マスという顔の見えない相手にコミュニケーションをとるわけなんだけど、基本は1人対1人だと思うんです。そうした場合には、理屈じゃ説明できないような、生理的な部分に触れるようなコミュニケーションをしたいという想いがすごくある。でね、時々思う、紙の気持ちになってみようと。紙はいい言葉を待っているんだろうなあとかね。そのためには、言葉そのものが生きる書体や大きさや位置を一所懸命探す。その結果、紙に喜んでもらいたい(笑)。インキと紙と印刷との関係を、いい関係にしてあげたい。
立花 葛西さんの仕事から伝わってくるものの感じって、紙にじわーっとインキが染み込む感覚と似てますよね。浸透してくるというか。
葛西 浸透かぁ。いい言葉だね。2005年の竹尾ペーパーショウで、食器を包んだりする時に使われるようなカラペという薄い紙にシルク印刷をしたことがあるんです。実験的に、インキが一番困る紙を選んでやれと。その時に感じたのが、元々、紙とインキって相性が悪いんじゃないかということ。そもそも違うもの同士が無理やりくっついた状態のような気がして。でもそれはそれで楽しかったんですね。絵柄に興味があるんじゃなくて、絵柄がインキ化されて、それが紙の上に浸透する様子を想像するのが楽しい。立花さんが、アート紙の上に活版印刷の罫線を曲げたりして印刷したものを松屋銀座で展示したことがありますよね。あの展示を見て、悔しいくらいにワクワクした。なぜそれをやりたかったのか、すごく気持ちがわかったから。
立花 まさに、何でもいいからプレスしたいって感じでしたね。活版の罫を曲げたりして組んでも、自分が思うような線がなかなか引けないんだけど、それが紙の上にびちゃーっとなる瞬間がたまらない。去年、あるお店に印刷物を積んで展示して、二ヶ月経ったらそれを引き上げて、その上からまた印刷し、そしてまたお店に搬入する…ってことを繰り返しました。もちろん、インキの上にまたインキを何度も載せるんで、なかなか浸透しなくなるんですけど。
葛西 氷の上にインキを載せるようなことだもんね。
立花 そうなんです。だんだんと機械にも通らなくなっていったんですが、紙にインキが浸透する限界を試してみたかった。だから図柄はどうでもよかったんですね。
葛西 なるほど。紙自体を楽しんでもらうって意味でね。雑だったり、具合が悪い紙っていうのも味があっていい。昔、中国の古いホテルに泊まった時にクリーニングを頼んだんだけど、その伝票がヘナヘナの紙に印刷されていて、表組の角が離れていたり、字組が踊ってたり、書体が途中から変わってたりするんですよ(笑)。今でも大事に取ってあります。
立花 そういった印刷、今じゃ絶対あり得ないですよね。苦情がきちゃうでしょうから。でも、そういうのを皆がもうちょっと楽しんでくれるようになったらいいなあ。そうなると僕も生きやすくなりますから(笑)。

印刷のかすかな差異に気づけるか。

立花 去年くらいから、自分の中で「運ぶ」ってことがブームだったんです。お店に紙を何度も搬入したのもその一つで。ソウルで紙を運ぶ風景にも出会ったんです。トラックというよりも、バイクの後ろに紙を積んでる人たちがウジャウジャいて、それを追っかけて写真を撮ってました。
葛西 実は僕も同じようなことしてた。中国で見かけたんだけど、まぁ法律違反だと思うんだけど、トラックに山のように紙や荷物を積んでいて、その風景を写真に撮りまくった。そうしたら『球体』で立花さんが同じような写真を載せていて。いつか自分もどこかでこの写真を使いたいと思ってたからやられたーと思ったよ(笑)。
立花 そういった、紙をめぐる風景も面白いですよね。実家が製本所だったこともあり、その作業を見ていたことが大きかった。製本の過程が一つずつ見えていたんで、一連の流れで本がつくられる現状では、「そのひとつ手前の工程で止めたりするのがなぜできないんだ」と思う時があります。
葛西 そうそう。工程を知っているということは、秘密を知ることになるし、工夫にも繋がる。校正刷りの段階で、校正紙の上に印刷会社の人が適当にレイアウトしたものが出てきたりしますよね。そのレイアウトが素晴らしいなーと思って参考にすることがしょっちゅうあります。無作為の良さみたいなのがありますね。予定通りすぎると面白くない。ワクワクしないんですよ。
立花 今、完璧すぎるんですよね。データ入稿とかだと、お願いしたものが約束どおりしっかりと出てきちゃうから。間違ったものが出てきても、こういうのもあるかなって幅が広がる。真逆な答えをいっぺん見せてもらうと楽しいですよね。
葛西 今って何でも機械でできちゃうから、人間の工夫する力とか知恵だとか、本当はあるのに衰えていっちゃうよね。機械に合わせてしまっている。
立花 そうですね。いつか紙や印刷を見る目がなくなってしまうんじゃないかと不安です。印刷物があがってきても、技術的な目がないから、何がどうずれているとかがわからない。その間にある工程の善し悪しがわからない。インキの盛りがこれくらいだったらこうなるとか、バランスを読める人がもうあまりいないでしょう。
葛西 違和感を発見できなくなるだろうね。
立花 時代も変わってきたんでしょう。ポスターも古いと言われ、今やテレビも古くなるんだろうし、きっとポスターもB全判である必要がなくなっていくかもしれない。そこにこだわって広告を作り続けるのもいいと思うけど「そもそもB全ポスターは要るのか」というような前提から考えてもいいんじゃないかなあと思います。あと、iPadが本に近づくってことがよく言われているけど、本に近づくわけがない。
葛西 そうそう。どう頑張っても本に近づけるわけがないんだから、本の真似しなきゃいいのにって思う。オリジナルのシステムを作ればいいのにね。何か目標が間違ってる気がする。
立花 本は本で、iPadに近づこうとしてますし(笑)。
葛西 今って、世界中が一方向に向かってる気がするんです。本当は、違う方向にも楽しいことが待ってたりするのに。ひとつの方向にしか知恵が向かってない。しかも世界規模で。
立花 本は本で、自信をもって一生懸命やればいいんですよね。
葛西 ええ、そうした想いでものを作っていきたいね。