紙をめぐる話|コレクション No.22

世界を泳ぎ渡る日本酒
今代司酒造
「錦鯉」パッケージ

新潟県に酒造を構える今代司酒造の日本酒「錦鯉」。
発売以来、そのパッケージは
世界の名だたる賞を獲得し続けています。
The One Show、Cannes Lions、D&AD、
iF Design Award……現在までの受賞は実に20近く。
「人の記憶に残るものを目指した」という蔵元の狙い通り、
紅白の錦鯉は様々な国の人たちの目を惹き、
舌を唸らせながら、世界中を泳ぎ渡っています。
 
初出:PAPER'S No.53 2016 秋号
※内容は初出時のまま掲載しています

デザイナーの話
小玉 文さん(グラフィックデザイナー)

「今代司酒造はこの酒で世界に打って出る。小玉さんはこの酒のデザインで世界に名を轟かせてくれ」。始まりはそんな葉葺さんの熱い電話からでした。具体的な依頼は、錦鯉のデザインでハレの日に飲みたくなる日本酒をつくること。当初は錦鯉に鱗や目玉を付けてみたり、色をオレンジにしてみたりと、試作を無数に繰り返しました。最終的に模様を抽象的にしたのは、本物の鯉ではなく今代司酒造の精神を象徴する表現にしたいと考えたからです。また、当初は瓶単体のデザインを想定していましたが、箱に入れて窓を開けるデザインの方がより魚らしく見えることに気がつき、私から提案しました。
箱の紙は「気包紙 C-FS」。日本の上質さを感じてもらうためには白くて手触り豊かな紙がいいと、最初から気包紙に決めていたんです。海外に輸送するので、汚れが付きにくいことも大切なポイントでした。些細な部分ですが、注目してほしいのが箱の角。箔を押してから角を折っているのに、角割れが全然ないんです。これによって筆文字をわずかに外側に出すことができ、デザインに張りと緊張感が生まれました。依頼から完成までにかかった期間は約二年。今代司酒造さんのビジョンが最初からはっきりとしていて最後までぶれなかったからこそ、長い時間をかけて細部を丹念につくり込みながら、必然のかたちにたどり着けたと感じています。

 

クライアントの話
葉葺正幸さん(今代司酒造株式会社 代表取締役会長)

1767年創業の歴史を持つ今代司酒造ですが、近年は新潟県内でも忘れられた存在になっていました。そんな酒蔵を再建するために生まれたのが「錦鯉」です。最初に考えたのは、記憶に残る酒蔵になろう、ということです。酒のラベルだけでなく、蔵の見学通路も、売店も、すべてモダンデザインで統一していきました。ただ、まだ、なにか足りない。そんな時、何気なく眺めていた酒瓶が魚に見えたんですね。これだ!と直感しました。新潟は錦鯉の発祥の地。錦鯉に見立てた酒瓶を作れば、記憶に残るのではないかと。小玉さんにデザインをお願いするにあたって強く伝えたのは王道から外れないこと。日本酒は伝統ある世界なので、多くの人が期待するデザインがあります。そこから離れない斬新さを見つけてくださいと。完成したデザインは注文以上の出来で、驚きましたね。発売後、「錦鯉」は異例のスピードで売り上げを伸ばしました。特に海外での評判が飛び抜けて高かった。お客さんが最初に接するのはデザインですから、日本らしさがひと目で伝わる「錦鯉」のパッケージが強烈な旗印となって、日本酒に馴染みのない方も含めた多くの人々の注目を集められたんだと思います。誇りを持てる酒ができたと、蔵人たちも喜んでくれました。将来は、世界で圧倒的なシェアを持つワインと戦えるような日本酒を造りたい。そんな野望を密かに抱いています。