紙をめぐる話|紙の生まれる風景 No.10

九代目 岩野市兵衛と水

白い繊維となった楮が、水の中で踊る。
ぱしゃん、ぱしゃんと響く水音とともに、
その繊維から辛抱強く丹念に塵を取り去る手。
こうして、和紙の純度が高められていく。

「良い水のおかげで、良い紙ができる」。
越前生漉奉書の和紙職人、岩野市兵衛さんは
人間国宝のその技を、水のおかげだと謙虚に語る。
身を切る寒さの下で漉く和紙は
締まって良いといわれる。
だが、夏でも変わらぬ和紙を漉くのが、職人の矜恃。
この土地に湧く水は、ほかのどの土地の水よりも
紙づくりに適しているのだと、岩野さんはいう。
その清廉な水に晒され、叩かれ、清められた楮は
このあと、ふたたび水の中で踊り、漉かれ、
数世紀を生き抜く、端正で強靱な和紙となる。

初出:PAPER’S No.43 2013 春号
※内容は初出時のまま掲載しています